2016年12月 4日 (日)

韓国ドラマ「むやみに切なく」を見ました

久しぶりの更新ですが、ほぼ自分の覚書きです。感想はその時の私のものですので、間違っているかもしれませんし、時が経てば違うものになるかもしれません。

韓国ドラマ「むやみに切なく」を見ました。私は切ない系が好きなので題名からして期待感が大きいドラマです。さて、結論から言うとちょっと惜しい感じがするのですが、おすすめできる作品と思われます。女性側主人公はドキュメンタリーを撮る人ノ・ウル役のペ・スジさん。ペ・スジさんといえば「九家の書」でお目にかかっておりまして、好印象の女優さんなんですが、ここでは、めっちゃきれいなシーンと??のシーンが混在していて、役柄のせいか発声が音として高くてうるさい感じがありまして、私としては若干のミスキャスト。(でも、ニット帽を被った海岸でのシーンはかわいいので許す・・。)

男優側主人公は韓国トップスターのシン・ジュンヨンを演じるキム・ウビンさんです。男性側サブは財閥御曹司役チェ・ジテ役をイム・ジェファンさん、名作「おバカちゃん注意報」でおなじみですね。女性側でサブ?は国会の実力者を父にもつジテの婚約者であるキー人物ユンジュンウンを演じるイム・ジュワンさんです。この人は奇皇后で意地悪役ででていましたが、このドラマでは最初存在感がなくてスルーしていたのですが、後半はきれいに撮ってもらえることが多く良い感じでした。(←この感想は私だけかと思います。美人で高慢な女性が恋に落ちるのが好きという筆者の癖による^^キリっとした顔がいい、私はM^^)

ドラマは、余命数か月を宣告された韓国トップスターが、高校、大学と好きながらも縁がなく別れた女性を探して(なんとなく会っちゃうんですけど)やり残した想いや悔いを果たすという物語かと思います。途中、このドラマの感じが「ごめん、愛してる」に似ているなぁと思いました(作家名知らないでも感じましたよ)。後日調べると・・ありゃ、同じ作家イ・ギョンヒさんでした。この脚本家は「サンドゥ学校へ行こう」「ごめん愛してる」「このろくでないの愛」「優しい男」など、どれを見てもほぼ間違いの無い名作品を輩出しています。だいたいにおいて男性側主人公が不幸に終わりやすいので、気分的に嫌なのですが、この題名のとおり「切ない」ドラマを作ります。このドラマの詳しいあらすじについては書きませんが、余生限られた男が、女性にアタック、あるところで女性を突き放すけど、その時は女性はとっても男性が好き。ありゃありゃ、男性の残りの時間はどう過ごす・・という話でしょう(笑)。だいたいにおいて、後半は私も涙するシーンが多かったのですが、特に最後のほうで、男性側主人公とその母との関係では、ほぼ大部分の視聴者が涙を流すでしょう。さて、韓国ではこのドラマは、「初恋」「余命」「婚外子」と使いふるされた設定という意見があったようです。いやいや、私は、こういう切ないドラマが見たいのです。2004年の「ごめん愛してる」から10年以上たって、似たようなリバイバルとしてでも結構。初恋を基にした切ない物語こそが見たいもの、ですから、久しぶりに、ドラマの感想を書きました。

さて、死を目の前にして、昔好きだった・・迷惑をかけた・・女性はどうしてるかなぁと思うのはわかります。自分が生きてきたことの中で気になることを解決して逝きたいというのですが、この状況で、恋を復活させたら女性がかわいそうじゃない?と私は思いました。ですから、ドラマ前半部でのジュンヨンの行動は、いくぶん嫌な気持ちで見ていました。しかし、女性への好意の寄せ方、会話がドラマティックなため(現実にはできないだろうということ)つい見入ってしまいました。だって、ドラマは無いことに夢を乗せて見るもんですから・・そして、すっかり男に惚れてしまった女性が、急に冷たくなった男に向ける感情・・いやぁ、いいもん見せてもらいました・・となるわけです。ただね・・名作「ごめ愛」の後半オレンジコロコロシーン(わかる人にはわかるはず)のように愛する男性の余命が幾ばくも無いということを知った時の女性のシーンがこのドラマでは私には弱かった。ここが弱いと欲求不満になります。このシーンは女優の全演技力をかけさせて演出して欲しかったのです。(個人の感想ね)

最終話は納め方が難しいと思っていました。ハッピーエンドに、し難いドラマは、視聴後の爽快感が減るので難しいのです。このドラマはどうだったでしょう。母との関係は「ごめ愛」と同じく泣かせます。愛するウルとの関係は・・すでになにかあきらめ感を感じました。ですから、私も最終話は見ていて淡々としているなという感想です。よくある感じでウルを妊娠させて命は受け継がれるというようにするかなとも思いましたが・・・

人はいつかは死んでしまうのですが、早死にだったら不幸で長生きだったら幸せと一概には言えないのかなとも思います。そりゃ、生まれてきているのですから生きていたいという本能的な欲求は間違いありません。でも、どこかでその生命の時間が限られてしまうと何をして何を考えるでしょう。これは自分の中の問題です。永遠に生きられない以上、限られた時間の過ごし方は、短くても長くても限りがあるという意味で同じなのです。すると、なにげなく過ごしている時間の使い方が本当はとても大切なものに思えてきます。この大切な人とあと何回会えるだろう、このおいしいものをあと何回食べられるのだろう、こんなにきれいな風景にあと何回出会えるのだろう。いろんなことがとても大切なものに感じられます。すると生きていることに対する感謝が生まれてきます。この感謝の気持ちが昇華してくると、ドラマのごとく最期は淡々としてくるのかもしれません。欲望をかなえることは生命の原動力かとも思いますが、かなわないことは、どこかであきらめなきゃしかたないじゃない。すると、最終的にはあ~今日生きててよかった、ありがとうということになるわけですね。

人は、おしめをして何もわからず生まれてきて、最期におしめをして何もわからなくなって死んでいく・・と思っていますが、若い段階で記憶がなくなっていくことの恐怖がもっと描かれていてっもよかったかもしれません。記憶こそはその人の人生。生きてきた過程です。記憶が徐々に無くなることは、自分の人生が静かになくなっていく感じがして怖いのです。ちなみに、どっかで書いたかとも思いますが、認知症で通常最後まで記憶に残るのは、その人が最も気にしている事項。男性は「妻」のことで女性は「お金」だそうです(笑い)。まあ、題名からして切ない物語。古臭い設定ですので、ダメな人も多いと思いますが、私は時々はこんなドラマが見たいと思います。

先日比叡山に行って御朱印をたくさんいただいてまいりました。そこでの精進料理についていた紙(食事略作法)を紹介します(紙がなくなったら淋しいので、まあ、私の覚書です)。

食前観: われ今幸いに、仏祖の加護と衆生の恩恵によって、この清き食を受く、謹んで食の来由をたずねて味の濃淡を問わず、その功徳を念じて品の多少を選ばじ。「いただきます」・・・いただきますとは数々の動植物の命をもらうこと、生命のつながりに感謝しましょうということですね。

食後観: われ今この清き食を終りて、心ゆたかに力身に充つ、願わくばこの身心を捧げて己が業にいそしみ、誓って四恩に報い奉らん。「ごちそうさまでした」
・・・ご馳走とは食事を準備する人が走って食材を調達しもてなすことらしいです。すると食事をいただく人はありがとうと心から感謝したいものです。

ちなみに私はただいま全国一の宮巡拝なんてことを開始しております。これは、全国の一の宮を回って、ついでに御朱印をいただいてくるという試みです。終るのはいつになるのかわかりません。途中挫折の可能性も大です。ただ、いろんな場所を訪問する口実になるのでいいかなと思っています。先日は鳥取、島根の行きやすい一の宮を訪問しました(隠岐の島の一の宮は休みを根性でとらないと無理^^。)宿泊は、先日の地震の影響のためか予約できた鳥取三朝温泉「旅館大橋」。ここは料理がおいしくて何度行ってもいいなと思える旅館です。昨年?は紅葉の時に、岡山奥津温泉「奥津荘」に行きました。庭のイチョウの黄葉のじゅうたんとお風呂が最高でした。このあたりに来訪の際はどうぞご一考あれ^^

今見てるのは「六龍が飛ぶ」(←とってもゆっくり視聴)、めったにみない日本のドラマで「逃げるは恥だが役に立つ」(←何かわからない新しい感じのおもしろさ)の2本です。この前はまあ、おすすめとは言いませんが好きならどうぞというドラマ「魔女宝鑑」(←キムセロン目当てで見ていて、いい感じかと思ったのですが途中で寝た寝た・・最終あたりでちょっと泣いた・・)を見てました。また、書きたくなったら書きます。とっても不定期更新。だって、このブログは自分の感想や行動の記録に近いので・・

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2016年9月22日 (木)

カナダにオーロラを見に行ってきました。

カナダのイエローナイフってところにオーロラを見に行ってきました。

オーロラを見るのって寒いんじゃないの・・・と思うのが普通ですが、普通の冬装備で大丈夫な3℃くらいです。私は富士山登山装備でオーロラ観測に行きましたが、一緒のツアーの方々は、ダウンコートで対応していました。だいたい現地時間10時から午前2時の間にオーロラを観測して、そのあと寝て、昼起きるという生活でしたが、時差があるので体内時間的にはつらくありません。オーロラは気象現象ですので、運が悪いと見ることができないわけです。今回のツアーでは3日の観測チャンスがあって2日は十分見えました。残った1日は曇りだったので、ダメかなと思っていましたが、ほんの数分雲の切れ間があって見ることができました。したがって、3日間見えたということになります。。

写真で見るとオーロラは色があるようですが、実際に見てみると白っぽい霞のような感じです。まれに赤っぽいフワフワが見えるという感じでした。でも全天にわたってユラユラ動くオーロラが出たときは、みなさん歓声が上がっていました。このツアーを主催しているところは日本語スタッフだらけですので、特に言葉で困ることはありません。ここにオーロラを見にくる物好きは日本人くらいらしく日本人だらけです。あと韓国から来られている方もいましたね。空を見ながら、ぼ~としているのも良いものです。(それなりに寒いので趣味の合わない人には、とってもつまらないと思われます^^)

さて、そう何度も見に来ることはないだろうと思って、普通の人はオーロラの写真を撮りたいなと思います。しかしながら、オーロラは光量が少ないので、星空を写真として撮れる技術と機材が無いとダメです。まったくの写真素人の私ですので、少しばかりカメラを勉強。なになに、ピントを無限遠に合わせて、できるだけ明るいレンズでシャッター時間を長く取れるカメラが必要とな・・・私が、通常、旅に使用しているカメラは昔から持っている防水・耐衝撃タイプのSONY Cyber-shot DSC-TX30です。1474502532648


これはレンズカバーを開けると準備完了、即シャッターが押せて、何といっても140gという軽さ。小さすぎるため保持しにくいので、私は常に三脚Velbon CUBE(390g)をつけています。これで、一瞬にして三脚が立てられてタイマーセット。自分入り写真が撮れますので旅行用としては最適です。液晶に日光があたるとほぼ見えませんが、慣れてくると問題なし。軽いのは常時持ち歩きには最大の武器です。さて、このカメラでオーロラが撮れるかなと思い仕様を調べると長いシャッタースピードが難しいみたいでした。

そこで、オーロラ用の新しいカメラの選定に入りました。条件は、もちろんオーロラが撮れること、三脚も含め、旅行後も使用できる大きさ、軽さであること、操作が難しくないこと。最終的には、次の2つのカメラ候補となりました。ひとつは、オリンパスOM-D E10 Mark2というカメラにM.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2.0という高くて広角明るいレンズをつけること。この組み合わせは素人には、いくぶん扱いにくい感じがあり、とっても高価だしかさばります。カメラをOLYMPUS PEN Lite E-PL7にしても良いと思いましたが、やはり変更するレンズが高いというかもったいない。

もうひとつの候補は、Canon PowerShot G7 X Mark IIで発売されて間がないカメラです。1474502494546


キャノンのほうはレンズを変えられないので、おもしろみに欠けますが・・・いやいや私は素人で、記念写真を撮るなら楽なほうが良いということで、こちらのキャノンG7 X MarkIIに決定。寒いと電池の減りが早いということで予備電池も購入(結果的に3℃くらいなら交換することはありませんでした)。

さて、結局、このカメラをオーロラ撮影にもっていって大正解。結論から言うと、今後、もしオーロラを見に行くときにお手軽に記念写真が欲しい人はキャノンのお手軽カメラで星空夜景モードが搭載されてされているもの、今ならキャノンG7 X MarkIIがとってもおすすめ。なんの設定もいりません。このカメラで星空夜景モードにするだけでオーロラが撮れます。三脚でオーロラの方向へカメラを向ける。液晶で確認。シャッター押す・・で、後はカメラが勝手に設定して写してくれます。シャッター開放時間が15秒くらいなので、三脚は必須です。Img_0188


カメラの後ろにわずかな光源(テントの明かり、道案内の明かりなど)があれば、オーロラに向けてカメラセット、タイマースイッチオン、走っていってカメラの前に行き、シャッター音がしたら動かず15秒でオーロラ入りの人物が入った記念写真が撮れます(それなりのピントですので期待はしないでね。あくまでもレベルの低い記念写真)。

このカメラには星空ポートレートというモードもあるので、これを使えばもっと良い記念写真が撮れそうでしたが、フラッシュを一度発光させるようなので私は使用しませんでした。なぜなら、そこここの暗いところに人がいて写真を撮っています。ここでフラッシュなんぞ発光されたら、とっても迷惑(シャッター開放時に思わぬ明かりが入るとその写真は・・・ボツ)。フラッシュを発光させるのは、相当のマナー違反と思われます。Img_0182

さて、調子に乗った私は、カメラに搭載されている星空軌跡モードに挑戦。このモードは星の軌跡が撮れます。北極星とそれを中心に回る星の軌跡とオーロラ・・よし、やってやろうじゃないの!ということで、なるべく動いてなさそうなオーロラと北極星が映る構図で・・・おいおい、この三脚Velbon CUBEはある角度以上の上が撮れないじゃん。う~ん、中途半端な高さに脚を設定できないので、地面に少し穴を掘って1本の脚を入れて少し傾けて固定。はい、星空軌跡モードスタート。。。。定期的にカメラのシャッターが落ちます。おいおい、歩いている人・・ライト持って長時間構図内に入るのやめて~はい、撮り直し。これを撮るときはなるべく人がこないところでやりましょう。20分くらいたって、星が回っていたのを画面で確認して、もう一度シャッタ押して終了。素人写真ですが載せておきます。時間がかかりますがとっても簡単。オーロラは動くので、なるべく動いていないオーロラのほうが良いかな。動くオーロラだと白っぽい部分が画面に増えていき、星の軌跡がぼやけます。

安定した三脚と良いカメラとレンズを持って行き、いろいろ設定を変えてオーロラを撮るのも楽しいと思います。でも、私はカメラ素人。旅の記念写真が撮れたらいい。このカメラでオーロラが撮れない可能性もあり不安でしたが、その時は、記憶に写そうと開き直って旅行に行きました。まあ、天候にも恵まれ写真もそれなりで満足しています。Img_0079

しかし、結局、オーロラ鑑賞で、一番良いと思ったのは、もう3日目でカメラに飽きた私が、天空が見える椅子に寝そべって、星空とオーロラを見ているときでした。人間の小ささと自然の大きさ・・・すごいものです。結論は「撮るのか、見るのかはっきりしろ!」ということです。狭いカメラの中では見えないものを見逃さないよう、しっかり見ることも必要です。ちなみに、ほんとに良いオーロラは一瞬ですよ。

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2014年2月 2日 (日)

韓国ドラマ「私の恋愛のすべて」見終わりました。

韓国ドラマ「私の恋愛のすべて」全16話見終わりました。このドラマは保守政党に属し、政治に希望を失っていた新人議員のキム・スヨン(シン・ハギョンさん)と僅か2名の弱小野党に属する新人議員ノ・ミニョン(イ・ミンジョンさん)との恋を描いた物語です。通常、恋愛の障害として何を設定するかが、問題なのですが、兄妹、義理の親戚関係、記憶喪失、病気、親の確執、貧富や教養や年齢の差、お邪魔虫の存在と義理人情、さては、住んでいた時代や場所・・など、ほんとに脚本家が何らかの障害を一生懸命考えます。

このドラマでは与党と野党に属する議員間の恋。思想の問題ですか?なかなか新しい発想ですが、そんなに成功したという気はしません。ラブコメですので、おばかな政治家たちの生態が描かれます。これについてはお飾りみたいなもので、深いテーマもあまり感じませんでした。

物語としては、女性を一切近づけてこなかったキム・スヨンが、ノ・ミニョンに対して恋に落ち、ひたすらアタック。ついにはミニョンもその気持ちに答え、秘密の恋愛関係に突入。しかし、秘密はいつしか、ばれるもの・・・さあ、どうなった?という物語です。物語としては一本道でよくある展開と言えますので、目新しさがない代わりに、安心してそこそこ楽しめます。でている人が好きならOK、駄目なら駄目と思われます。しかし、安心してお気楽に見られるという意味では価値があるかもしれません。私としては時間が有り余っている人はどうぞというくらいです。

キム・スヨン役のシン・ハギョンさんは、癖のある顔ですので、この人が受け入れられるかどうかが問題です。キム・スヨンはちょっと偏屈なところがあり、わが道を行く・・といったタイプです。しかし、彼は、当選したときはもっと政治家としてやりたいことがあったのです。しかし、政治は一人の力では動きません。自分の無力さを実感し、政治家を辞めようと思っていたのです。ここで、弱小政党に属するノ・ミニョンが登場します。彼女は、信念を持って、自分のやりたいことを述べていました。自分のできないことをする女(まあ、野党ですから・・~~)。スヨンはミニョンにどんどん惹かれていきます。自分のできないことができる人って、やはり憧れますよね。しかし、野党と与党の議員ですから、対立関係にあるわけです。でもね、これって、そんなに大きな障害じゃない気がします。その人の持つ思想は思想・・恋愛感情は別。本人たちがよければ、まあ、外からとやかく言うことではありません。ただ、党としての秘密っていうのがあると思うので、そのあたりが回りの人にとっては問題でしょうね。

私は、政治を変えたいと本当に思うなら与党に入るべきと思っています(以下多種意見あるところなので反論もらってもパスします)。野党の人は、みんな、本当にやりたいことを隠して与党で当選して、そこで自分のやりたいことを主張すれば良いのになと思います。実現の可能性の少ない理想論を唱えながら、結果として何ができたか?確かに、少しでも異なった意見があることを示すことに意味があると言うのでしょう。まあ、それも認めます。

政治で国民の生活を変えたいという志のある人に、高額の給料や退職金は必要ないでしょう。年齢相応、庶民程度の給料でよいはず、政治に金がかかるというのはそれ自体が間違っている。ドラマ中でも述べられていましたが、政治家は国民より下。先生と呼ばれてふんぞり返っていて、選挙のときはペコペコ、いったい何なんでしょうね。ただ、国民は、自分のレベルに応じた政治家しか持つことができないと言われているように、選んでいる私たちにこそ問題があるのかもしれません。残念なことに私たちはあまりに政治に対して不勉強です。ただ、自分の生活に当てはめて、そんなに悪い生活じゃなければ、良い政治といいます。身近なものに置き換えた結果で政治を判断するのです。大部分の人たちは、その政治家がどんな考えを持っていて、何がしたいのかなんて、わかりません。今より良い暮らしになったら良いなぁと思って選ぶのです。政治家はその期待に答えるべく努力し、結果で評価されるという本当は恐ろしい職業なんですよね。ただ、みんなが求める良い暮らしが人によって違うので、最大公約数を模索する。すると極少数の人は、ひどい政治というわけです。そして少数の権利を守れと言う。きっと、政治家は、大を生かすために、小を斬って、少しでも良い暮らしを作ってくれているはずだと理解しましょうね。^^

脱線をもとに戻しますと、このドラマのテーマらしきことは「初心忘れるべからず」ということでしょう。恋愛初期の自分の気持ち・・・、何かを志そうとした時のあの気持ち・・・みんな、いつしか忘れていませんか?好きな人の姿を追って、目が合ったときの幸せな気持ち、相手も自分に好意があったとわかった時の気持ち・・・そんな若い気持ちなんて、年甲斐もなく恥ずかしいと思うかもしれません。でも、こっそり心の中で振り返ることは恥ずかしくありません。分別や常識でガチガチになった頭を少しだけ戻してみるとまた、何かがちょっぴり変わります。(後悔が湧いてくるので、あえて忘れているという人はどうぞそのままで・・・^^忘れることも大切です。おいおい^^)

シン・ハギョンさんがサッカー選手の香川真司さんに見えるのは私だけだろうか?

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2014年1月30日 (木)

韓国ドラマ「男が愛する時」見終わりました。

韓国ドラマ「男が愛する時」全20話見終わりました。結論から言うと、このドラマは評価まっぷたつと思われます。なぜかと言うと、ソン・スンホンさんの男らしい演技を期待し、シン・セギョンさんの愛を見たいと思い、ヨン・ウジンさんの甘い感じを期待して見始めるのですが、その期待が裏切られたという気持ちを持たされるからです。するとこのドラマは、妙に子供っぽいおじさんと、ふらふら女とあつかましい男の物語のように思えてくるのです(言っちゃったよ。ごめんなさい)以下わかりにくい文章ですみません。

特に、前半部のソン・スンホンさん演じるハン・テサンが恋に堕ちて、うぶな男性を演じるところは、どうしても無理感が漂います(借金取立てをやっていた男がそれはないだろうという感じ)。それをあやすかのようなソ・ミド役シン・セギョンさんの演技も、ちょいと見ているほうは引いてしまいます(ぼく・・いい子だねって感じ)。そう思っていると、ヨン・ウジンさん演じるイ・ジェヒのソ・ミドに対する強引なあつかましいアタックが鼻につきます(もっとさわやかな感じかと思っていました)。

こうして、なんじゃぁ~こりゃと思って見ているうちに、ソ・ミドの2股交際はどんどん進み、そしてハン・テサンからイ・ジェヒに乗り換え~となります。12話には、このドラマで最高に強烈なシーン・・・ソ・ミドとイ・ジェヒの間での背徳感漂うラブシーンがあります。ここはある意味必見でしょう。見ているほうは「何ぃ~これで、このドラマはおさまりがつかん!ここまで行ってテサンに戻るのはよほどうまく作らないと無理」と思いましたよ。

つまり、私は、こんなにまで2股女の行動を描いてしまって、どう収めるのかが見たかったのです。先が気になる・・・感動はない・・・でも、どうなるんだろう?ひょっとすると作り手の意図にはまっていたのかもしれません。あっと言う間に見終わりました。視聴後の感想は、万人におすすめできないけど、はまればいけるドラマということです。

さて、このドラマのソ・ミドとハン・テサンは、年の差や育ってきた環境の違いから似合わないカップルです。おまけに社内恋愛。どうしても、価値観の違いからすれ違いが生じるのです。見ていて別れたほうがいいなぁと思いました。テサンは女性の扱いに慣れておらず、ネットの知識をマニュアル化して、交際を行います。若い彼女に喜んでもらおうとする行動ですが、これでは長続きするはずがありません。なぜなら、疲れるのです。恋愛の継続には、この人といると疲れなくて自然の自分がだせる・・ということが大切だと思います。

そして、さらにテサンは、ミドに対して価値観の押し付けを行います。俺といると幸せになれるって・・そんなぁ、そんなこと人に決められたくない。幸せは自分が感じることで、あなたの幸せが私の幸せであるとは限らない。結果として、同じ幸せになったとしても、自分の気持ちの選択権は自分で持っておきたいはず。こうして、ミドがテサンとやっていけないなぁと思わせる伏線が積み重ねられます。

一方、とってもミドの気持ちに理解のあるジェヒが2人の間に強引に割り込みます。女はある時、やさしさより強引な求愛にくらっとくるらしく、ミドの気持ちはふ~らふら(このあたりは潔癖視聴者は受け入れられないでしょう。なぜなら、韓国ドラマに、初恋を大切にする一途な愛を求めている人が多いからです。)ま、いろいろあって、最終的には・・・・となるのですけど、終わり方はこんなもんでしょう。私は、シン・セギョンさんの恋に堕ちる演技が見たかったのですが、満足させてはもらえませんでした。逆に、この女優さんは、ぶっきらぼうの顔しかできないんじゃないかと思いましたね。

また、けっこう私の好きな女優さんであるチェ・ジョンアンさんが演じるペク・ソンジュは、最後の最後で強烈な輝きを放ちます。このドラマで、一瞬、涙がこぼれそうになったのが、テサンとミドの愛ではなく、ソンジュの愛だったところが、このドラマの難しいところです。

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2014年1月22日 (水)

韓国ドラマ「男が愛する時」2話まで見てみました。

韓国ドラマ「男が愛する時」を見始めました。2話まで見ましたけど良い感じです。主役はソン・スンホンさんとシン・セギョンさんです。少年時代に借金苦から闇金融の取立て屋になってしまったハン・テサン(ソン・スンホンさん)は、借金の取立て先でソ・ミド(シン・セギョンさん)と出会います。ミドに若き日の自分を重ねたテサンは彼女の不幸を助けようとします。しかし、プライドの高いミドはなかなか心を開きません。

7年が過ぎて、テサンは成功し、再びミドに出会います。ずっと、ミドのことが忘れられなかったテサンは彼女を自分の会社に就職させ、そして・・・プロポーズ。

いやあ、この展開は私のツボなんですけど・・・。孤独な実業家の一途な愛と、その愛をどうするのか彷徨う女。ソン・スンホンさんは、まあ、誰が見てもカッコいいと言うでしょう。一方ミドはどうでしょうか?シン・セギョンさんと言えば、「根の深い木」で見事なクールさを発揮して、チャンヒョクさんにも溢れる笑顔を見せることなく・・・私にはなんちゅう女じゃいという感想が残っております(そういう役だからね)。

ここでも序盤、プライドの高いクールな表情連発でございます(あの冷たい視線がたまらんのじゃ・・・私はMか?)。普通・・金持ちの「あしながおじさん」でソン・スンホンさんという男前なら、コロッと恋に堕ちるだろうが・・・。ところが、セギョンさんは、またもやこのドラマでも感情を抑えたクールな演技をしているんですよ。これまで、わずかにみせるミドのテサンへの好意がツボに入っております。私がこのドラマで見たいものは、ソン・スンホンさんの一途な愛とシン・セギョンさんの感情の爆発と愛の入った幸せな視線・・・これに尽きます。

この後のストーリーはちょいと嫌な感じなのですが、最後は知らないので、期待通りに終わってくれないと怒ります・・・(いやいや勝手な視聴者ですからね・・)監督は名作「ファンタスティックカップル」「私の心が聞こえる」のキム・サンホさん、脚本は「太陽の女」「赤道の男」←(私は未見です)のキム・イニョンさんらしいので(他のHPにそう書いてあった)、上手に作ってくれることを期待します。

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2014年1月21日 (火)

韓国ドラマ「チョンウチ」見終わりました。

韓国ドラマ「チョンウチ」全24話見終わりました。このドラマは、道力を持つチョン・ウチ(チャ・テヒョンさん)が正義のスーパーマンとして活躍する物語です。チョンウチに対抗するのがマ・ガンニム(イ・ヒジュンさん)で、両者から愛される女性がホン・ムヨン(ユイさん)という構成です。

出だしは、毒虫という人を操る虫を体内に入れられたムヨンがガンニムとともに朝鮮転覆を企む話で、チョンウチが愛するムヨンを精神的に取り戻そうとするお話でした。後半は、なぜかガラッと変わって、朝鮮王の政治にチョンウチが関与していく話となっています。結論から言いますと、誰かファンの人がいなければ見なくて良いと思います(おいおい)

ストーリー的にとても切ないところはなく、泣けないし、そう感動するところもない。チョンウチはスーパーマンですので、道力という超能力を使用します。ワイヤーアクションも多く、現実感が希薄です。ですから、視聴年齢を下げないときびしいです。

人を憎んでも良いことはなく、目には目を・・という考えは、その対象者と同じレベルの人間に堕ちてしまうといったことを感じました。また、人を陥れることは簡単にできるなぁ(証人を連れてきて、世論を動かし、いい加減な証拠を準備する)とも思いました。

おい、この韓国ドラマが作れるなら、もう少し日韓関係はまともにならないものでしょうか?(ふみこんではいけないところかな?スルーで・・・)どちらの国の報道が正しいのかわかりませんが、もう少し何とかならないのかと感じます。殴られたほうは、ずっと覚えているということでしょうか?特に何も思っていない若い世代に憎しみの種を撒いているような気がしますね。

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2014年1月14日 (火)

韓国ドラマ「会いたい」を正月に一気視聴

さて、めずらしく更新してみます。最近は文章を書くことがめんどうになって、ドラマの感想を挙げられないのです。韓国ドラマも見てはいるのですが、どうも感想が書けない。私は、義理と人情と切なさが好きな人で、見るドラマも偏っています。すると、何か同じ感想を挙げてるような気がして、「う~ん。この感想は同じようなことを前に書いた気がするなぁ」と思うのです。まあ、自分の感想ですから、同じようでもかまわないわけですけど・・・・

で、もって韓国ドラマ「会いたい」を見終わりました。このドラマはユチョンさん、ユン・ウネさんという見る気のするキャストでしたので、正月に一気見して見ました。結論からいうと、泣けそうで泣けない・・・少し長いかなぁといった感じのドラマでした。ユン・ウネさんは、ほとんど泣きっぱなし。寒いみたいで、鼻は真っ赤(笑)。私がどうして泣けないかというと、女優さんが泣きすぎるからです。視聴者の泣きたい感情は連続すると慣れてくるのです。貯めていた感情が溢れての涙。笑い顔に隠された涙。そういうのを見ると私は泣けるのですが、何かずっと暗く泣き顔ばかり見ていると、満腹になってしまうのです。しかも、ちょいとサスペンス仕立ての感じもありますが、後半の展開はいまひとつ消化不良。まあ、見てもよいかなという感じのドラマでした。ごめん。

ユチョンさんは「トキメキ☆成均館スキャンダル」がまさにはまり役で、ユン・ウネさんは「宮」がはまり役。こういう輝くはまり役を持った役者さんは、次のドラマが難しいのです。すごく良いドラマのキャラを演じた役者さんは、視聴者がそのイメージを持って見ています。いや、それ以上のドラマを期待しています。でも、そんなに大当たりドラマはないわけですから、大抵次のドラマの評価は下がる。いやぁ、つらい商売ですわ。ですから、少し甘く見てあげましょう。

幼いときの誘拐事件でイ・スヨン(大きくなるとユン・ウネさん)を見捨てて逃げてしまったハン・ジョンウ(大きくなるとユチョンさん)は、自らの心に大きな傷を持ち、世間的には死んだと思われているイ・スヨンを探し続けています。そこに現れたジョイというイ・スヨンの面影を残す女性。彼女も、大きな心の傷を抱え、唯一の家族同然の恋人ハリー(ユ・スンホさん)と暮らしていました。そこで、起こった新たな殺人事件と幼いときの誘拐事件との関係は如何に・・・・といった感じのドラマです。

イ・スヨン子役のキムソヒョンさんが、陰気な感じをうまく演じております。しかし、一瞬の輝く笑顔は、別人かと思うほどの可愛さ。女はわからんと思いました(笑)題名は「会いたい」ですから、会いたいと思う2人が、いつ心を開いて会えるのか?がポイントです。どう考えても切ないラブストーリーができそうです。ですから大人になった2人が会ったところは、泣けましたよ。でも、見ているうちに、だんだん泣けなくなってくる。後半の脚本のストーリーの捌き方が私には、はまらなかったのでしょうね。

イ・スヨンという名前を聞くと、歌手のイ・スヨンさんを思い出してしまうので、私には別の名前にしてほしかった。ちなみに私はゲームのキャラに名前をつけるときに「スヨン」ってつけることが多いのです(ないしょ・・・)

今、見ている「いとしのソヨン」は本当なら、めっちゃ感想を書けるドラマですが、書けるかなぁ・・・

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2013年5月 1日 (水)

韓国ドラマ「優しい男」見終わりました。

韓国ドラマ「優しい男」全20話見終わりました。一言で言うと、名作です。ぜひ見てください!・・とおすすめします。「ごめ愛」で何度でも泣ける私にとって、このドラマでも何度も泣かされました。そして、ラストシーンも美しいし、主演2人の見栄えの良さと脚本の素晴らしさであっと言う間に見てしまいます。韓国での題名は「世界のどこにもいない優しい男」この題名はまさにぴったり。何で変えたんでしょう。視聴者は、この世界のどこにもいない優しい男カン・マルにひたってくださいね。以下ねたばれ。注意です。未見の人はだめですよ。

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18話からは、ウンギはマルのことをとっても愛しているのだけど、彼の愛が信じられないため、彼の元へ戻ることができません。彼を嫌いにならなくてはいけないのに、心がマルを求めているというウンギが私のツボなので、とっても楽しめました。口で嫌と言っているのに目で愛を語るというムン・チェウォンさん。よろしいかと思います。

一方、マルは、優しい男ですので、ウンギ第一、彼女をいかに守るかということを考えます。でも、ある時、気がついてしまいます。一時へこむことはあっても、ウンギは守られなくても強く生きていけるということを・・・。人を守るなんて、けっこうおこがましいことです。まして、そのために、自己犠牲を伴うなんて、変です。まあ、人を守るという行動が、自分の趣味の一種なら本人の勝手ですが、受け取る方の状態によりストーカーにもなりえます。相手の状況を見て行動することが必要ですよね。まあ、その原因を人やものや環境へもっていくことなく、自分の人生は、自分の責任でもって、歩んでくださいね。

「世界で一番すばらしいおもちゃがあればいる?」と聞かれたら、「おもちゃは子供が欲しがるものだよ」と答えてください(ドラマ中のこの問答って最高!これを子供に言わせるとは・・すごい)。物質的な富や地位は確かにすばらしいおもちゃかもしれません。欲しい人はたくさんいるでしょう。しかし、人間としてのレベルが上がると、それよりもっと大切なものがあることに気がつくのです。精神の潔白さ・・・自分に恥じない生き方。それこそが、大人が欲しがるものであって欲しいのです。

私たちは、良い人間になろうとします。誰だってそうなりたいのですが、いろいろな理由でそうできないことがあります。少しの勇気が無かったり、守るべきものが多すぎたり・・・そこで、自分の判断基準を変えます。まあ、これくらいの行動なら悪くないなぁ^^。許される範囲だわ~。でも、その判断基準はどんどん甘くなっていきますので、自分の立ち位置を定期的に見直すことも必要でしょう。「天網恢恢疎にして漏らさず(天の網は粗いのですが、悪事を働いた人間は必ず罰を受ける)」悪事を働くと、どこかでそれ相応の仕打ちが待ってるはずですので、自らは、できるだけきれいな生き方をしたいものですね(なかなかできないんだけど、意識するかしないかは大きな違いと思います)復讐なんて、相手を傷つけると同時に自分を傷つける行為ですから、どこかで執着を手放すことも、必要かもしれません。

終盤のすごいところは、マルがジェヒに対して愛は無いけど、一緒にいようと提案するところです。これって優しいようで、とっても残酷。ちっとも優しくない。愛が欲しいのに、それはあげないけど一緒に居てやるといわれて幸せなはずがありません。また、マルが殺人罪の身代わりをしたことも、優しさでは無いとドラマ中で述べられています。つまり、マルは愛に一途ですので、待てるのですから、きっちり、ジェヒに罪を償わせたほうが優しかったし、ジェヒを幸せにできたというわけですね。私たちは、優しさがしばしば残酷さを伴うことを知っておかねばなりません。例えば、誰かを慰めるという行動は、その人に悲しい状態を再確認させる行動でもあるということです。ですから、このドラマの表題には大きな意味があります。「世界のどこにもいない残酷な男」の裏返しなのかもしれませんよ。

ドラマ中でも言われてましたが、初めは倫理に背き躊躇していた行動も、一度犯せば慣れてしまい、自分の判断基準がわからなくなるそうです。全然関係ありませんが、香水をぷんぷん匂わせている人がいますよね。あれって、自分の嗅覚が香水の匂いにマヒしてわからなくなっているのだろうと思います。でもって、自分で匂いがわかるまで香水をつけてしまう。すると・・・吐き気を催す香りを持った人間ができあがります(笑)。

最終話は、初めの映像の時計が進みはじめたり、マルの笑顔が表示されたりして、内容を暗示しています。このドラマはバッドエンディングでも作れたはずですが、最後にとてもきれいな終わり方を持ってきました。マルは、事故の後遺症の手術で、記憶を失い、新しい人生を歩み始めることになります。マルの願いは、普通の人のように生きて、普通の恋愛がしたいということです。こうして、自分のそばにいるウンギと再び恋を始めることになります。

ここでのポイントは昔買ったカップルリングです。これをウンギにプレゼントするシーンがあるのですが、私は、妙な違和感を感じました。新しく始める恋に対して、昔から持っているカップルリングを送るのは相手に失礼だということです。すると、そのカップルリングは本来の持ち主に対して、認識して送られらたということ。つまり、マルはウンギを認識していることを意味します。(記憶喪失から回復しているということね)マルの希望は、過去の自分との決別ですので、記憶は無いとしたのかもしれません。

最終話で気になったのは、病院を抜け出して、しかも調子の悪そうなマルをおいて、ウンギがタクシーに乗るところです。最期になるかもしれない2人で、涙をさそうシーンなんですが、泣けない。そりゃ、どう考えても無いだろう。普通は、病院までマルを送るはずだろう・・とつっこみます。さっさと病院へ戻ればよいマルが、わざわざ人がいないところまで行ってバタッでは、これもわざとらしすぎです。ですから、ここで終わったら、だめ~なドラマと評価したでしょうね。

まとめますと「愛のためには全てを捨てられる」「本当の優しさとは何か」「人生で目指すべきものは何か」「幸せは普通の中にある」「今の幸せに感謝して生きる」なんてことを感じさせてくれた良いドラマでした。

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以下は、これを言っちゃあ・・・という感じのおまけです(脱線)。

  • 「愛のためには全てを捨てられる」韓国ドラマでは良く見られるテーマですが、現実には難しい。そのため、その事実を知っている視聴者は、愛のためにすべてを捨てる主人公に感動する。一時の熱病で後悔することないよう気をつけましょう^^愛のためにすべてを獲得するほうが良いなぁ・・
  • 「本当の優しさとは何か」優しさは、そう感じる人の主観のかたまり。自己満足もあるかも。。。決して見返りを求めてはいけません。
  • 「人生で目指すべきものは何か」あまり難しいことを考えて生きていきたくない。何となく毎日が終わるんですよ^^
  • 「幸せは普通の中にある」「今の幸せに感謝して生きる」幸せも主観のかたまり。意外に幸せであることに気が付かない。人間の欲望には限りないものがあるので、いつまでも幸せと思わないかも。。。ただ、「幸せ」とつぶやくと幸せ度がアップします。感謝を知ると、大人になります^^

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2013年4月27日 (土)

韓国ドラマ「優しい男」17話まで見ました。

韓国ドラマ「優しい男」17話まで見ました。濃密な愛の物語。愛のために全てを捨てられる女と、他のもののために愛を捨てられる女の物語。緊迫した心の描写と恐るべき切なさ^^と嘘。「ごめん、愛してる」とか「愛に狂う」が好きなら、安心してお勧めできるでしょう。あっと、まだ終わっていません。伏線が怖いので、どう終わるかが問題で、ここで感想を書いておきましょう。本当は9話で感想を書くべきでした。あまりにぐいぐいと引っ張られたので、書く暇が無かったというのが本音です。以下、あらすじに近いネタばれを含みますので、注意ください。

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まず、愛のために全てを捨てられる女、ソ・ウンギ(ムン・チェウォンさん)。彼女は、財閥の跡取り娘として、男に負けないよう教育され、合理的で、恋愛に無縁に過ごしてきました。彼女の前に、現れたのは、ウンギの義理の母ハン・ジェヒ(パク・シヨンさん)に復讐を企てる男カン・マル(ソン・ジュンギさん)でした。スケこましとも言えるカン・マルのやり方に、あっと言う間に恋に落ちたウンギは、すべてを捨てて、カン・マルを選択します。求めるものは、彼とのとっても平凡な生活。朝起きたら隣に愛する夫がいて、ごはんを一緒に食べて、子供を育て、仲良く年をとっていくという夢です。この夢・・・実は、ほとんどの人が実現しているかもしれません。ただ、その幸せに気がついていないだけ。親も仕事も捨てて、ウンギはマルに自分の気持ちを告白します。

このときのカン・マルの気持ちはどうだったのでしょう。カン・マルはある意味、愛のためにすべてを捨てた(過去形ね)男です。彼は、幼馴染の愛するハン・ジェヒのために殺人罪という汚名をかぶったため、有望な医師への道が閉ざされ、前科者として生きています。それでも、ハン・ジェヒを忘れられなかった。自らが立てた誓い・・・ハン・ジェヒを生涯守りたい。彼女がいつの日か自分の元に戻ってくるのを待っていたのです。いや、彼女が幸せなら、待ち続けたまま一生を終えても、それで良いと思っていたのかもしれません。

しかし、ハン・ジェヒは、権力とお金を求め、貧しい生活と愛する彼を捨てたのです。しかも、皮肉なことに、再会したとき、ジェヒはその立場を守るために、再度、カン・マルに汚名をきせることになります。愛と憎しみは紙一重。可愛さ余って憎さ100倍。愛するが故の感情は、カン・マルに過酷な道を歩ませます。しかし、復讐のために(ひょっとすると愛するハン・ジェヒに正しい道を歩ませようとする愛のため?)恋を仕掛けた相手がまずかった。騙したウンギはすべてを捨てて、マルを愛してしまったのです。

ここからが、難しいのですが、マルは、ウンギに惹かれはじめているがゆえに、彼女をだましていることが苦しくなったのでしょう。彼女を元の自分の世界へ戻すべく、「自分がジェヒのために恋愛を仕掛けた」と言って、こっぴどくウンギを振るのです。心のすべてを捧げて、それを失ったウンギの選択した道は・・・おお、それかい!無茶でんがな・・・(この展開は無理を感じましたが、まあ、それもよし^^)

そして時が流れ、ウンギは事故の後遺症で、脳に障害を持ち、記憶喪失となっていました(韓国ドラマ黎明期に流行ったこの題材・・・わかっていても切ないので、定期的にドラマに使われますが、私は好き)。ここのムン・チェウォンさんの演技の変わり方は良い感じです。話し方がゆっくりとなり、視線に力がありません。もう、見ているだけで守ってあげたい気がしてきます。

マルは、そんなウンギを元の状態に戻すべく、彼女の世話をします。マルとウンギの幸せな生活が始まったのです。心ならずも、ウンギが抱いていた幸せな生活がそこにありました。そして、マルもその幸せをかみしめていました。しかし、ウンギは徐々に回復していきます。それは、彼女がマルにだまされていて絶望したという事実を思い出すことなんですよね。そのまま、忘れていれば、幸せなのに、なんで、そんなこと思い出すんだぁと何度思わされたことでしょう。

思い出は生きる源になる場合があります。また、決して思い出したくない思い出もあります。過去は過去で変えられないし、今と未来を見て生きていけば良いのに、人は記憶するという能力がありますので、簡単に忘れることはできません。これまで、生きてきた記憶を失うことはつらいことです。良くも悪くも、自分の生きてきた証ですので、それを失うことは、自分の一部を失うこと。あなたはどんな人?って聞かれて、答えるためには、過去の自分の生き方を語るでしょう。それが無かったら、自分は何なんだろうと迷走してしまいます。それでも、記憶のあるところから始めれば、また、自分はこんな人間なんだと再構築することができます。今を積み重ねて、過去にする・・・時間の流れって、偉大だし怖いですね。

さて、もう一人のお金や地位のため、愛を捨てたハン・ジェヒ。ウンギの対照となる存在ですね。彼女は、マルに罪を着せた後悔と彼への愛情で悩んでいます。心の奥底でマルをとても愛しているのです。手にした地位は、自分が思っていたものよりずっと矮小なものだったのです。満ち足りているようで、全然幸せでない。何かに追われ、欲望と嘘と駆け引きの渦巻く世界。何か違う。マルと一緒にいたときは、こんな感じじゃなかった。幸せは、普段気が付かないところにあって、失ったときにその大きさに気が付くのです。みなさん、自分の幸せを振り返ってください。こんなドラマをぼんやり見ていられることが、どんなに幸せな時間であるかがわかるでしょう(おいおい^^)

そして、ジェヒは、マルを欲するのです。手に入れた全てを失っても、マルが欲しいと思うのです。しかし、もう、遅かった。マルはもう自分を待ってはくれません。マルの住んでいた家で、思い出にひたるジェヒ。かつて、その家でジェヒを待っていたマルのように、今度はジェヒがマルを待っているのです。しかし、決してマルは戻ってきません。縁が無いというひと言ですましても良いでしょう。運命論に持っていっては逃げているといわれるかもしれません。後悔は自分の選択の結果で、それを認めることは、心がつらいので、縁という言葉で心の平穏を保つのです。どのような言い訳を自分にしても、結果的に、何でもいいから、明日に向かう元気がでればいいんじゃない?と思います・・おっと、知らないうちに脱線していました。

こうして、ジェヒの目の前で、進められるウンギとマルの結婚話。ジェヒも心の奥底では、全てを捨てても愛をとりたいと思っているのに実現できない悲しさ。なぜなら、相手が受け入れてくれないから。そして、記憶が戻ろうとしているウンギは、会社の要職への復帰よりも、また、前と同じように愛する男を取ろうとしています。ジェヒは本当はうらやましくてたまらないのでしょうね。

こうして、ウンギは記憶を取り戻します・・・目の前には結婚を目前にした恋人マル。末永く暮らしましょうと抱き合う2人は、心の中で「うそつき」とつぶやきます(怖いぞ・・このシーン)。マルは、ウンギが記憶を取り戻した時、取り戻す前の気持ちが変わらなかったら、結婚しようと言っていました。待てる男(もてるではありません^^)マルは、愛するウンギが自分を信じてくれるのを待つのでしょうか?ウンギ・・このマルの気持ちに気づいてくれぃ!と視聴者をキリキリとさせた17話です。

ちなみに、おばかになったウンギがエプロン姿で、一生懸命料理をしている姿に私はきゅん^^。女性視聴者なら、混乱して気を失ったウンギを一晩中抱きかかえていたマルにキュン^^かもしれません(笑)

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2013年4月21日 (日)

韓国ドラマ「優しい男」6話まで見ました。

韓国ドラマ「優しい男」6話まで見ました。なかなか面白いドラマです。あっという間に見ましたので中毒性があるかもしれません。「サンドゥ、学校へ行こう」みたいだなぁと思って、調べたら同じ脚本家でした(笑)

世界で唯一と信じた女ハン・ジェヒ(パク・シヨンさん)の身代わりに殺人罪の汚名を着たカン・マル(ソン・ジュンギさん)は、出所後、再度ジェヒに裏切られ、彼女への復讐(?)に着手します。そこで利用するのが、ジェヒの義理の娘となるソ・ウンギ(ムン・チェウォンさん)。彼女に恋愛をしかけ虜にしてしまうのです。

さて、序盤ですが、ウンギは冷徹な企業人で高慢でしたが、マルに出会い、変わっていきます。私は、高慢な女性が可愛く恋に堕ちていくというストーリーがツボですので、もう大満足でございます。決して笑わず、鋭い視線を持っており、ズボンしか履かず、化粧もしていなかったウンギが、ワンピースを着て、可愛く化粧して、軽く微笑む姿にはノックアウトされてしまいます(こりゃ、私だけだな^^)

しかし、カン・マルの心はどこにあるのでしょう。一生を誓ったハン・ジェヒを忘れられないのかもしれません。また、ジェヒも心の奥底ではマルを求めています。この2人の心と恋愛を仕掛けられたウンギの関係がとてもおもしろいのです。話としては、ウンギは騙されたことを知り、マルを憎むけど愛する気持ちは消せない。マルは、騙したウンギの憎しみを受けながら、ジェヒとウンギの間をいったりきたり、そのうちウンギの憎しみに愛で答える・・・というように展開すると思うのですが、どうでしょう(先、知らないので書いてます)

自分の一生で立てた誓い・・・この人と共に生きる。この誓いを捧げた相手から裏切られる場合、自分の気持ちはどこに持っていったら良いのでしょう。実は、自分の誓いは自分のものですから、相手は関係ありません。裏切られたと言っても、縁が無かっただけで、相手が幸せなら、良いんじゃないのとも思います。人の心は変わりますし、いろんな事は忘れないと生きていけません。ですから、一生の誓いも変わってもいいはずです(一生の誓いじゃないじゃん^^)そのまま、一生の誓いに従って生きた人は幸せですし、運悪く、その誓いが破られることがあっても、その時、その瞬間の想いは消えません。ウンギの言葉「私の出会う前の彼には興味がない。大切なのは今と未来だから」が印象的です。そう、過去に囚われず、今、自分の心が求めているところに向かってほしいものです。(人やお金というしがらみが絡んでくると難しいんだなぁ^^)

この感想の締めはマルが言った言葉「今度、会うときは口説きますよ」です。私なんか生涯、口にできない言葉です(笑)ソン・ジュンギ・・・かっこよすぎ!ご機嫌で続きを見ます。

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