« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

2007年5月

2007年5月31日 (木)

韓国ドラマ「君はどこの星から来たの」7話まで

韓国ドラマ「君はどこの星から来たの」7話まで見ました。5話で良いんじゃないの。と言った私です。6~7話にひと山持ってきましたね。けっこうボロ泣きシーン満載です。ここにきて、はっきり良いと言います。後半、こけなけりゃ、是非見てくださいのおすすめができますよ。

6話のせつないシーンは、ボクシル(チョン・リョウォンさん)は自分がヘスの妹であることを知っているが、スンヒ(キム・レウォンさん)はそれを知らないというポイントをもとに展開します。企画旅行といって、出かけた所で、自分がヘスの妹と告白できず、苦しむボクシルに、やさしく繋がれるスンヒの手・・おお~結構な愛情表現ではないの!いいなぁ!と思うのもつかの間で、ついに、ボクシルがヘスの妹と気づくことになります。こりゃ、ここまで、ひっぱってきただけに、スンヒにとってはつらい。おまけに、その知り方が、本人の口からではなく、パーティ会場での紹介を見ながらという間接的なものですから、精神的にきつすぎます。

そして7話・・・ボクシルがヘスの妹であったことを知ったスンヒは、もはや以前のようにボクシルに接することはできません。ボクシルは、ヘスの妹であることを言えなかったことを、弁解しようとして、これまで通りに、スンヒに接するのですが、もはや、スンヒの方で壁を作っていて、気持ちは伝わりません。スンヒは、精神的な破綻を防ぐために、自己の殻の中に閉じこもってしまったのです。酒を飲んで、スンヒの家を訪れ、ボクシルが問いかける質問・・・私は、ボクシル?それともへリム? お姉さんをどれくらい愛してた?という問いかけに、スンヒは答えることができません。2人とも「どうかしてる」という気持ちのもと、止められない想いを抱えて、ぶつかり合っているのです。スンヒの「ヘスが生きていたら、お前は妹だ」の叫びが、心を打ちます。スンヒは、ヘスと共に死ねばよかったと思うほどヘスを愛していたのです。それなのに、目の前にいるボクシルに心が向かいそうになる。ヘスへの想いは何だったのか?ヘスとボクシルは似てるが違う存在のはず・・・なんて気持ちが、ぐちゃぐちゃになっているのでしょう。この精神状態で、以前のようにボクシルに接することができるはずがありませんよね。

そうして、ボクシルは、ソウルに自分の居場所を無くしてしまい、いったん田舎へ帰ったら、ソウルに出てこようとしません。もといた自分の場所が幸せな場所なのです。さて、このあたりの展開を見て、気がついたのは、これはおきにいりドラマ「ファンタスティック・カップル」で泣かされたパターンに似ているということです。田舎娘ボクシルとして、スンヒと一緒に居た時は、楽しくて、本当の自分が出せていた。そして、出生の秘密が曝かれ、ボクシルは、その名を無くし、お金持ちの令嬢ヘリムとなってしまった。確かにヘリムは、お金もあり、家族も得たわけですが、そこは、決して自分の居場所では無い。奇妙なおさげ髪を直して、令嬢風となりヘリムとなっても、視聴者は、そこに、あのボクシルを見てしまい、笑顔の下に悲しい想いを感じてしまうのです。ボクシルにとって、唯一の救いであったスンヒは、自分が亡き姉の妹であるという事実とその家族とのしがらみから、もはやボクシルとして接してはくれない。自己の喪失感・・・自分は何も変わっていないのに、回りの見る目が変わってしまう。自分は誰?ボクシルの辛い思いは、十分伝わり、私は涙することになります。

ヘリムの家族である母や祖父は何故あんなに自分の考えを押しつけるのでしょう。血縁関係があるとはいえ、人生の選択を本人以外が行う権利はありません。進むべき道を示すことは良いと思いますが、本人の意志のない方向へ、無理矢理に進ませては、幸せを望んでいるという言葉は嘘っぱちになってしまいます。たとえ、溝に落ちようとも、自分が選んだ道ならば、あきらめもつきます。他人の敷いたレールに、納得できず従っていたら、たとえ、それが幸せな道であっても、どこかに後悔が残ります。前話の感想で述べました。自分が自分らしくあることは、心の向かう方向へ進んでいる時と・・他人から、自分の向かう方向を決められると、自分を失ってしまうのです。自分の人生は、自分で決めて、生きていきたいものです。ただし、若さは、無謀さや無知を伴うことが多いですので、一応、年長者の意見は参考にしないと危ないですよ。

チョン・リョウォンさんって、このドラマで、意外に良い演技をしています。視聴率で「私の名前はキム・サムスン」と「秋の夕立」とで両極端を味わい、深みがでたのでしょうか(笑)。元アイドル系といっても、ユン・ウネさんも含めて馬鹿にできませんねぇ(失礼しました)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月30日 (水)

韓国ドラマ「君はどこの星から来たの」5話まで

韓国ドラマ「君はどこの星から来たの」を5話まで見ました。4話までは、まあ、普通のドラマかなと思って見ていましたが、5話はかなり良いですよ。盛りだくさんの話の上に結構泣かされました。高慢な女性が恋に落ちていく別の物語をしばらく、見ていましたので、久しぶりの純朴で可愛い女性が恋に落ちていく王道ストーリーです。なぜか、ちょっと、「ガラスの靴」を思い出してしまいました。

ボクシル(チョン・リォウォンさん)にとって、スンヒ(キム・レウォンさん)は、姉を失う原因となった人物であり、実母からしてみると仇みたいな存在なのです。親が仇と思っている相手と一緒にいて良いのか?自分は、亡くなった姉の身代わりではないのか?という点で、好意を持ちながらも、相手に告げる別れの言葉・・・ワンパターンなんだけど、私のツボです。さらに、これに加えて、育ての親と産みの親の娘への愛を描きますので、さらに別の涙を誘うことになります。

では、ストーリーを見てみましょう。以下ねたばれ。

まず、3話ですが、冒頭2話最終で、酔ったスンヒが、愛するヘスの面影をボクシルに見て抱きついた後から始まります。酒は、脳の抑制を解放する方向に進みますので、スンヒの心に秘めた感情が爆発することになるのですね。でも、ボクシルにとっては、ただのプレイボーイの行動としか思えないわけですから、反発は当然です。でも、すでにボクシルの心の中に恋する感情は芽生えてますので、本人も気づかずスンヒのことを考えているという状態になっています。

ここからは、スンヒとボクシルの仲良いエピソードが続いていきます。サッカー競技場の管理人に注意されて逃げる2人・・・隠れるのに狭い空間で、スンヒの腕の中に入っちゃったようなボクシルのとまどいの表情が良かったですね。元気いっぱいの女性が、とまどって何も言えない状態になるというドキドキシーンでした。

その後、たいしたエピソードではないのですが、田舎の母にボクシルが生ケーキを買って持ち歩くシーンがでてきます。ここで、私、ストーリーに関係なく、「おい~ケーキの箱をそんなに振り回すな~!」とか「生クリームのケーキはさっさと冷蔵庫にしまえ~!」なんてことを思わされました。絶対、気になるよねぇ(笑)。私、ケーキ大好きですから・・・。

そして、4話・・ボクシルの出生の秘密が少しずつあきらかになっていきます。ボクシルは、子供の時、食堂で火事に会い、ちょうど我が子を失って精神的に不安定だったボクシル母が、連れ去って育てたのでした。いよいよ急展開する田舎娘ボクシルの運命・・・「これから、どんなことが起きても、ボクシルはボクシルらしく生きてくれ」 これが、これからのテーマでしょうね。

田舎から、街へ移り住み、しかも、貧乏から一転してお金持ち、自分を愛する祖父と実母がいるものの、価値観は大幅に違う・・・このような状態で、自分らしく生きるとは、どういうことかをしっかり持つことは難しいです。環境は、ある程度、人をつくります。大幅な環境変化で、変わらない自分をキープするのは、困難なんですよね。環境が変われば、気づかず、いつの間にか変わってしまうことになるでしょう。このドラマでは、きっと、この環境の変化にもかかわらず、ボクシルが純粋な心を持ち続け、自分を失わないということを描いてくれるのだと思います。「自分を失わない」「本来の自分」って、いったい何でしょう?。自分がどういう存在であるかを、自ら把握することは困難です。まして、他人に把握なんてして欲しくも無いし、できるはずもありません。ただ、私が思うことは、人は自分の心がしたいことへ向かっているとき、自分らしく生きていると実感できるのでしょう。自分のしたいことって、たびたび変わりますから、自分らしいという感情は、自己満足なのかもしれませんね。

そして、5話、ボクシルは育ての親の元を離れます。これまで、とっても仲の良かった親子ですので、伏線が効いていて、涙を誘導されます。みえみえの泣かせようシーンですが、素直にはまってしまいました。続いて、ボクシルは実母との生活が始まります。田舎での生活では、問題無かったボクシルの行動が、すべて、見ていて違和感を誘導します。お金があっても、幸せそうでないボクシルが、そこに見えてしまうのです。ちょっと、おかしいヘヤースタイルでニコニコしているボクシルの心の寂しさが伝わってきて、胸をうちます。

さらに、ボクシルはスンヒが姉の恋人であったことを知らされます。自分とそっくりな姉の横で幸せそうに笑うスンヒの写真・・・さあ、ボクシルきついです。これまでのスンヒが漏らしたちょっとした言葉の意味が理解できたわけです。ここからニコニコしているボクシルが泣いているように見えてきます。スンヒの小学校の校庭シーンは、とっても良いシーンでした。お姫様願望をもつボクシルの夢をからませ、視聴者に、一瞬幸せな感情を持たせた後に、「もう、仕事を辞めます」というボクシルのつらさを伝えます。そして、逃げるボクシルに追いかけるスンヒ・・・BGMは「Miracle」とくれば、わぁ~良いとなっちゃいました。

そして、本当に言いたいことをメールで送れない2人・・・5話の締めは、ボクシルの「私・・・おかしいわ、正気じゃないわ」 さあ、きました。恋ですよ恋~~。亡き姉の恋人でも、心が向かうのは止められません。続きはどうなるんだぁ。おもしろいじゃん。これ(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月28日 (月)

韓国ドラマ「君はどこの星から来たの」見はじめました。2話まで

韓国ドラマ「君はどこの星から来たの」を見はじめました。Sさん、ありがとうございます。2話まで見ました。さて、日テレのHPに相関図がありますが、そんなに難しい人間関係ではありませんので、スラッと頭に入ってきますね。すでにかなり前から、MtoMとM.C the MAXのMVをを見てますので、だいたいの雰囲気はつかめています。というか、私にとってMtoMの歌「Miracle(mp3←ここのサイトの右のMore from this folderをクリックすると、けっこうとんでもないものがでてきます^^)」はすでに聞きすぎというレベルに入っています。

自分の運転中に事故を起こし愛する女性ヘス(チョン・リォウォンさん)を失ったスンヒ(キム・レウォンさん)は、とある田舎で、ヘスにそっくりな女性ボクシル(チョン・リォウォンさんの2役)に出会います。これから、ボクシルとスンヒの恋が始まるのでしょうが、ボクシルにとって、自分は単なるヘスの身代わりかもしれないという思いが、この恋の障害になるのでしょうね。

1話は導入ですが、まあ、普通というか・・・見慣れたという感じの導入でした。つっこみどころとしては、田舎で泊まるところが無いからといって、若い娘(ボクシル)と母しかいない家・・しかもバス停から遠そうな家に、民宿といって若い男(スンヒ)を泊めるか~というところですね。女の後をつけてきた男ですから、客観的には相当怪しいと思います。そして、まず、お決まりの2人の反発・・・そして、これが愛に変わるという流れでしょう。

ボクシルは、母の手術代を稼ぎたいがゆえに、ソウルに出てきます。ここで、母とかわす約束の虚しいこと・・・。あっと、このドラマの話ではありません。一般的に、田舎に住んでいた娘が、1ヶ月だけといって大都会に出て行って、戻ってくる可能性はどれくらいあるのでしょう? 都会には田舎に無いものがあります。それは、便利さであったり、刺激的なものであったり、同年代の多くの人とのふれあいであったり、挙げればキリがないですね。特に若い時は、お金さえあれば、とっても楽しいところではないでしょうか?また、都会に住んでいれば、田舎の良い点も目につくわけで、どちらが良いということはできません。隣の芝生は青く見えるというように、別の環境が良さそうに見えるのは、しかたないと思います。さて、脱線を戻して、田舎娘が都会に出てきてという展開で思い出していたのが、「明朗少女成功記」の主人公の名はヤンスン、そして、「めっちゃ大好き」の主人公の名はボンスン・・・こういう名前って田舎くさいのでしょうか?よく、知りませんが、スンヒが、アルバイトにきたボクシルに「ボンスン?」とか「ポッキリ?」とか言って名前を間違えるのが笑えました。

今のところ、よくあるストーリー展開を予想していますが、それを上手に進めてくれれば、好きな配役ですので、期待通りと言って満足するでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月27日 (日)

韓国ドラマ「ありがとうございます」7話まで見ました。

韓国ドラマ「ありがとうございます」7話まで見ました。このドラマって、強烈な第1話を背景に、ゆっくりと過ぎる時間の中で、それぞれのキャラを楽しみなさいというドラマなのでしょうか?いわゆる笑わそうとミエミエのシーンではなくて、何気に配されたシーンが、ふと妙におかしいという味があります。6~7話を見たのですが、一気にいきます。見終わって、何かドラマチックなことってあったけ?と思うとそんなにない。でも、なんかおもしろい。ちょっと変なドラマだよ。これは。

道を失った外科医ギソを演じるチャン・ヒョクさん・・乱暴な言葉と優しさと可愛さが同居しています。ギソは、ヨンシン(コン・ヒョジンさん)の家に間借りしていて、言葉は乱暴ですが、ヨンシンを守るという気持ちがベースにあります。初めは亡き愛する女性の依頼であっても、一人の女性を守るという行動は、同居という身近な関係により、愛という方向を誘導するのでしょう。

ソッキョン母の強い要請で、しょうもない男と見合いして引っ掛かりそうになっているヨンシンをギソは助けます。その助け方は、ヨンシンへの突然のキス・・・そして、見合い相手の男に「この女は、俺の方が先だ。文句あるか!今まで10人は殺してるぜ」ってな感じです。うん、確かに医者でしたから、殺しているかも~とクスッと笑わされます。決して大笑いにならないのがこのドラマのペースです。そして、そのキスシーンを目撃したソッキョンを気にするヨンシンに向かって、「俺はお前に関心がある、よそ見をするな!」と両手にヨンシンのほっぺをつかんで、無理矢理自分に視線をもどさせます。伏線で、ソッキョンの彼女が妊娠した?というのがありますので、もうそろそろソッキョンを見るのはあきらめな!というギソの優しさでしょうか?それとも、本当にヨンシンに惚れちゃったのかな?チャンヒョクさんの目が良いので、真剣に見つめながら、俺を見ろ!とか言われたら、受けた女性の心の中に波紋が生じるのはしかたないですね。

このあと、ヨンシン役コン・ヒョジンさんの、今度は私の番よとでもいうような演技がきます。酒に酔って家に帰るヨンシンの後をついていくギソは、「おなかすいた。ごはん」とヨンシンに声をかけます。ほんのり頬を赤く染めて振り向いた涙顔のヨンシン・・・ちょっと待て~コン・ヒョジンさん、こんなに可愛いのかよ。しかも、妙に優しい言葉が返ってきますので、ギソのとまどいが伝わってきます。そして、びっくりするようなごちそうがギソの前に並べられ、はにかんだ笑顔とともにヨンシンの「愛してる」がきます。私・・なんだ、こりゃ?~しかし、またもや、ヨンシン可愛い~という感情に揺さぶられました。あの表情で告白をうけたギソは、ポカンとするしかありませんよね。なんと、ヨンシンは、占い師のおばさんのお告げにより、亡き父がギソの体を借りて降りてきたと思っていたのです。なんだ、そんなオチかよ。事情はともかくとして、ヨンシンが可愛いという印象だけは、強烈に残ります。

この後、酔いが回ったヨンシンをおんぶしたギソと認知症のヨンシン祖父をおんぶしたソッキョンとが鉢合わせします。(ここでもクスッって笑いがきました)2人の間に視線の火花が散りますが、どう考えても、ギソのほうが得ですよね。布団をひいて、寝かしつけるのも認知症のじいさんと可愛い女性との選択なら、どっちが良いか明白ですもん(失礼)。

しかし、最後まで、このペースで行くはずはないし、どこかで、ボミを絡めて急展開ドラマチックってなるのでしょうかね。けっこう、毎週楽しみです。ありがとうございます。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年5月25日 (金)

韓国ドラマ「春のワルツ」見終わりました。

韓国ドラマ「春のワルツ」全20話見終わりました。壮大なメロドラマです。これだけののネタで、よく引っ張ったとも言えます。あちこちに張られた伏線が、次々に生かされていき、ひと山越えると、またひと山って感じで、最初から構成をよく考えていたなぁという印象をもちました。映像と音楽は素晴らしいです。ただ、前にも書いたように、すごい盛り上げるシーンとボーッと続くシーンとが有って、この強弱はかまわないのですが、個人的にボーッとしたシーンで寝落ちするので、ちょっと大変でした。ウニョン演じるハン・ヒョジュさんは、前半のほうが好きで、後半は、私としては、ミジョン役のチェ・ジャヘさん出てこないかなぁと捜していました(ごめん。マニアックです。笑)。チェハは後半に向けて、どんどん良くなってきましたね。

以下ネタバレ

最後のキスシーンは、物語を締めるだけの素晴らしいデキです。ウニョンの唇から発せられる音のほとんど無い「愛している」の言葉が、印象的でとっても美しいです。私には、韓ドラ屈指のキスシーンとも思えるこれだけのラストシーンを持ってこられると、それまでのいろんな過程が吹っ飛んで、幸せ~な気持ちをもらえます。ドラマにおいて、いかにラストシーンが重要であるかわかりますね。

さて、ストーリーに戻ると、相思相愛の2人、それを阻む大きな問題は、チェハが、ウニョンの母の死とその後の人生を変えた男の息子ということ、ウニョンを一生守ってやると言ったスホなのにウニョンが手術から目覚めるといなくなっていて、音信不通となったというウニョンの持つ不信感、チェハを養子にするにあたり非合法的な手続きが行われたこととチャハ両親の立場・スキャンダル、チェハの実の父親の存在というところです。他に友人フィリップの片想いとかイナの執着とかという問題もあります。15話から最終話まで、これらの問題が複雑に絡み合って展開されるわけです。

さて、先ほど述べた問題について個人的な感想を述べてみましょう。他の人は、また別の感想があるでしょうね。

恋愛とは当事者2人で行うことが基本にありますから、ウニョンにとっての最も大きな問題は、チェハの人間性でしょう。ということで、私は、ウニョンのチェハへの不信感を第一に上げたいと思います。自分のそばで、一生守ってくれると信じていたスホ、事情があってちょっといなくなったのかもしれないけど、すぐに自分の所に戻ってきてくれると信じていたスホ、ウニョンの幼い心に受けた裏切り感は相当のものがあったと思います。手術後、目をさますと自分の回りに誰もいなかったという衝撃は、一生の傷として残ります。その心の傷と今のチェハへの愛との天秤でウニョンの心が苦しめられるのです。ですから、前の感想で述べたように、子供時代のスホがウニョンの元を離れるシーンはわかりにくくしたり、カットしてはいけないのです。でも、現在のチェハを愛しているならば、それは問題にならないと思います。「汝の罪を許す(ユン・ソクホ監督は、この言葉が好きなのですね)」ということが重要なのです。人間は完璧な存在ではありません。その瞬間、瞬間で間違った判断を下すこともあるわけです。人を許すこと・・・これが作品のテーマのひとつですね。現実には、間違った判断を下し続ける輩がいることも確かですので、その場合、許せるかどうかは難しいです。大抵は、見捨てるのですが、心の中に「許す」という道があるということを知っているだけでも、人として成長したと言えるでしょう。結局、ウニョンはスホが去った理由を知り、チェハを許すのですが、私には、(ドラマにはなりませんが、)たとえ、その理由を知らなくても、今のあなたを見ますと言って、愛に向かっても、まったく問題を感じません。

チェハが親の仇の息子であるという事実は、本人が悪いわけでは無いので、私には大きな障害とは思えません。一方、自分の愛を貫くことで、育ての親に迷惑がかかるという事実は、ちょっときついです。失った息子の身代わりとはいえ、この障害を無視したいところですが、恩があるため、無視するのは、自分の人間性に関係してきます。本当の親なら、子の幸せを見てと強引にいける可能性もありますが、育ての親となると・・・どうしよう。葛藤しますね。ドラマでは、育ての親と子の両者ともが、相手を思うという良い人になってしまい、ハッピーエンドとなります。育ての親とはいえ、自分の人生において、何を重要と考えるかの選択をしたわけです。それは、権力・財産・名声というものよりも、家族や人とのつながり、愛のほうが、大事なんだよとドラマは教えてくれます。韓ドラ頻発のテーマ「周囲を不幸にしても、その愛を貫けるか?」というわけですが、親に迷惑をかけないためには、私には、チェハとウニョンでこっそり外国で暮らすとかほとぼりの冷めるまで待つとかいう姑息な手段しか思いつきません(だめじゃん!)。 チェハの実の父親の存在は、最終話のチェハ実父の子を思う親の気持ちの熱演(ここで泣いたよ~)からして、許してあげましょう。

恋愛のドキドキ感、愛する人にめぐり逢えた時の喜び、愛しながらも別れを告げる痛み、そして、すべてのストレスを解放するエンディングと上手な物語でした。(このドラマを見た人なら、どのシーンを指すかわかりますよね。)

私は、このドラマ、やはり四季シリーズ「秋」のわずか下、「冬」の上って位置にいれます。病気ネタの「秋」はエンディングは置いておいて、涙度がすごかった。「春」は、ドキドキ度、せつなさ度が高く、単純な比較は難しいです。^^このドラマの名シーンと思えるところは、美しくて本当にすばらしい名シーンですので、是非見てくださいね。(ちょっと難しい表現だぁ)

「目にみえないから、そこに無いわけではない・・・。」 心の中に持ち続けている何か・・・ありますか?

| | コメント (4) | トラックバック (3)

2007年5月24日 (木)

韓国ドラマ「春のワルツ」14話まで

韓国ドラマ「春のワルツ」14話まで見ました。11話から13話にかけて、ちょっと退屈だなぁ。急に2人が仲良くなっちゃたよ~。おや、ウニョンの幼なじみミジョン役のチェ・ジャヘさん(チャングムのチャンイです。クムスンにも出てるらしい)のほうが、ハン・ヒョジュさんより可愛いなぁ~「がんばれクムスン」長いけど見ようかなぁ~なんて別のことを考えながら見ていました。そして14話、この回はすごいですよ。

島へ向かう駅のホームで、偶然聞く懐かしい声に「ウニョン」の言葉・・・え~生きてたの?と思うチェハ。ドラマチックですな。確率的には、0ではありませんが、まずありえませんね。TOTOBIGに当たったようなものです。まあ、いいや~と思いながら、ちょっと、なかだるんで飽きかけたところにきた、この後の、すれ違い・・・。思い出の島の民宿で壁ひとつ挟んで交わされるチェハとウニョンの電話です。私にとって、このドラマ初(?)の涙シーンとなりました。お互いに心にしまっていた人がいると話す2人・・それっておまえらやんけ~と視聴者のイライラはつのります。ウニョンがちょっと窓を開ければ・・・どちらかがちょっと大きな声でしゃべれば・・・出会えるのに・・・なんてもどかしい。このもどかしさに耐えるドラマなんでしょうね。あ~早く、このストレスから解放して欲しいと思って、このドラマを見させる。まあ、ひとつの作戦ですな^^。しみじみと語る2人の声は、ドラマ前半の長い子役ストーリーを背負ってますので、胸をうちます。

そして、この後、今回は、どうすれ違わせるのかなぁと見ていたら、突然の号泣シーンがやってきました。菜の花の黄色の中にたたずむウニョンをチェハは発見します。即座にウニョンが自分の捜していた人だと悟ったチェハの涙顔と共に、もちろん私も「ついに出会っちゃったよ」と泣きました。何も知らないウニョンの「きてくれたんだぁ」の明るい声とチェハの涙の対照が見事です。このドラマって、めりはりがあると言いましょうか、つまんない回とすごい回の差が極端ですね。ここで、ウニョンもチェハがスホであることを知るのかと思いきや・・・そうか、ある意味、スホ親子は、ウニョン母の仇であり、ウニョンの人生を変えた人物といえるわけです。チェハにとって、自分がウニョンに歓迎されるべき人間なのかどうかに自信が無くなったのですね。なるほど、まだまだ、この秘密を楽しみなさいということですか。

イナがチェハの秘密に気づいたようです。ピ~ンチ!・・・でも、そんなに深刻にならず、ウニョンに告白しようよチェハ~。それから、考えようよ~。(お気楽人生♪)

ちょっと追記です。10話で川辺で、チャハとウニョンのキスシーンがあるのだけど、あの直後の2人はどういう感じだったのでしょう。想像しなさいということ?。キスシーンの衝撃で、忘れてましたが、まだ、2人とも自分の気持ちを明確にしてなかったはず・・・。泣いている女性にキス・・・そのあと、どうなったんだぁ~気になります。平手打ちで返す、あなたやっぱり私が好きなのね?遊びなの?などいろいろな感情が湧いてくると思います。ここが、いまいちはっきりしてないから、その後、展開を見ながら判断しないといけなくなって、チェハとウニョンの関係が、ちょっとわかりにくくなったと思います。(見落とした?)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年5月23日 (水)

韓国ドラマ「春のワルツ」10話まで

韓国ドラマ「春のワルツ」10話まで見ました。8話くらいまで、ふんふんと見ていました。9話で、うっとーしぃって感情が芽生えたのですが、この10話、視聴を止めて感想を書こうと思わせるほどの展開です。いいです・・・文句ありません。このベタな期待通りの展開・・・良いものは良い(笑)。

10話手前で、チェハ(ソ・ドヨンさん)とウニョン(ハン・ヒョジュさん)が何となく仲良くなっていくのを、鋭い女の直感で、気づいてしまったイナ(イ・ソヨンさん)の嫉妬の嵐が吹き荒れます。好きな人の態度や視線の向かう先ってのは、好き度が高いほど、その人がすべてですので、すぐ気づきますよね。よーく考えれば、イナの好きなチェハと目の前のチェハとは異なるわけで、チェハにとってみれば、イナの大切な思い出は自分のものではありません。イナの恋はすでに、大きな勘違いから始まっているので、その気持ちがチェハに届かないのは仕方ないのかもしれません。

人の心の向かう先は、他人がどうこうしようとしてもしかたないものです。自分の心の向かう先・・・そこは、自分にとって、とっても大切な場所なんです。他人に恋愛相談をするときは、ちょっと開いてみたりするのだけど、通常は、自分のものとして、ひっそりと抱えておきたいもの・・・。その場所に、他人から干渉されるのは、嫌・・・なんですよね。私は、そう思っていますので、このあたりのイナの嫉妬と干渉には、どうしても反発心が生まれてきます。でもって、うっとしぃ~となるわけです。以前述べたことがありますが、干渉されればされるほど、反発心が火に薪をくべ、風を送るように、心の向かう先の恋を燃え上がらせることになります。チェハの恋の炎の行方はすごいと言える10話で表現されることになります。

この10話・・・ドキドキシーン満載です。もともと、ウニョンは、ドラマ序盤で、チェハにマフラーを返しにいったり、ひどい奴と悪態をつきまくったりしていて、チェハを大いに意識しているわけです。憎たらしいと思うのは、自分の想いが伝わらないことの裏返しです。関係ない人なら、感情を揺さぶられることもありません。そういう意味で、ウニョン本人は、気づいていなくても、チェハへの恋の準備ができているんです。

さあ、こういう背景でもってくるチェハの行動・・・まず、「もっと気楽に、素直に接しましょう」と言いながら、ウニョンの荷物を持って、ついでに・・・手を繋ぎます(このやろ~うまいなぁ)。困惑するウニョンの表情・・とっても照れながらも、すこしも嫌じゃないという表情をハン・ヒョジュさんがうまく演じましたので、そのままウニョンのドキドキ感が伝わりました。

さらに、川のせせらぎの音を録音しに行った橋の上でのシーン・・・良いですよ。「ブスで性格が悪くて、口だけ達者で譲らない人ってどう? そういう人が好きなんだけど、どうしたらいい?」とチェハはウニョンを見つめます。またもや、困惑するウニョン・・恋の相談を受けてるようで、何か自分に告白されたようで・・・これまた、ウニョンの心臓の音が、聞こえてくるかのようなドキドキシーンでした。もう、ここではチェハの視線の行き先には、ウニョンしかいません。

愛は本人が気づかないうちに、そっと忍び寄ってくるものだそうです。そして、気がついた時には、自分でもびっくりするほどの大きな想いになっているのです。チェハのウニョンに対する想いは止まりません。夜、ウニョンの携帯に電話して、何も言わず、自分のピアノの音を聞かせるチェハ。そのピアノの音を聞きながら眠れというわけですか?ええい!いやだぁ~こんなことできませんよ。またもや、このやろ~!。このロマンチックムードに、もちろんウニョンは恋におちていきます(しかたないなぁ^^)。

そして、録音会場である聖堂へ向かう自動車の選択で、チェハは、明確にイナから、ウニョンを選択します。ウニョンも、フィリップ(ダニエル・ヘニーさん)に向かって、お返しが出来ないと思うので優しくしないでと言います。ついに、それぞれのおじゃま虫(失礼)を、払おうとするわけですが・・・・簡単ではありませんね。

チェハにとって、フィリップは無二の親友・・その親友が愛する人を愛してしまったという葛藤にチャハは苦しめられます。自分の愛を貫き、ウニョンがそれに応えれば、親友を傷つけてしまう。しんどいですよね。でも、中心にいるのは、ウニョンであって、その選択は彼女のものです。彼女の選択により、どちらかが傷つこうとも、しかたないでしょう。それで、壊れる友情は、それだけのものであったと思う開き直りが必要です。そして、友人が大切で、彼女をあきらめられるのなら、それはそれだけの恋であったと思うしかありません。でも、結局、人は自己中心的なものがありますから、相手にぶつからずにあきらめるなんてことはできませんよ。ぶち当たって砕け散る道を選んだほうが、後が楽だと思います。このドラマでは、ウニョンは、チェハの想いに応えることになりそうなので、結局は砕け散らないのでしょうがね(笑)。

そして、チェハとウニョンのキスシーンがやってきます。ごちそうさまでした。続きを見よう。こんなところで、やめられるもんかい!

| | コメント (2) | トラックバック (3)

2007年5月22日 (火)

再び・・韓国ドラマ「春のワルツ」6話まで

韓国ドラマ「春のワルツ」の韓国版のほうを6話まで見ました。レンタルDVD版を見かけていたのですが、ちょっと、難しいので韓国版へと浮気しました。

ひとことで言うと・・・わかりやすいドラマになっています。いや、2度目だからわかりやすかったとも言う(笑い)。(ちなみに現時点で、私はレンタルDVD版のほうを全部見たわけではありません。)

さて、韓国版のほうをちょっと見ていて、気がついたことは、やはり、作り方が素直だということです。前回の「春のワルツ」の感想の時に述べましたが、現在から過去の思い出を引用する手法の多用は印象的ではありますが、わかりにくくなります。どうして、大幅な再編成をしたのでしょうか?もちろん、日本での放送枠時間の問題があると思いますが、ひょっとすると、冒頭の子役時間が長すぎると、主役が出てくる前に、飽きられてしまうことを恐れたのかもしれません。NHKの大河ドラマじゃあるまいし、日本では子供の頃を何話にも渡って描き、そのエピソードを現在へ繋げるというドラマの展開は少ないですよね。うがった見方ですが、なるべく早く子役シーンを終わらせて、美男美女を早く登場させたかったのかな? まあ、このあたりは、邪推ですし、私個人の感じ方ですので、人によっていろんな意見があるでしょう。

気になったのは、子供のスホ(チェハ)が、ウニョンと別れてカナダへ向かうエピソードのところを、カットや細切れにしては、感動が減るような気がしたところです。チェハのウニョンへの強い想いを感じさせ、大きくなっても忘れられない想いの原点である部分を分割・削除してはいけないのです。このあたりは、韓国版ではわかりやすく表現されていましたので、見ていてより感情をいれることができました。韓国版を見てわかる重要な場面でしたよ。(おそらく、レンタルDVD版では、もっと後で紹介されているのでしょう。)

現段階で、なんとなく感じたのですが、このドラマのテーマは、「かくれんぼ」に象徴されているのですか? ドラマ冒頭のウニョン(ハン・ヒョジュさん)の独白は、「本当に愛していれば・・本当に会いたいと願えば・・まためぐり逢い愛し合える。子供の頃のかくれんぼのように、隠れていても、私が見つけるのを待っているはずだから・・・何度すれ違っても、一生懸命祈れば、いつの日かめぐり会える。」ですし、子供時代のスホが、父親の用足しで置き去りにされるシーン、子供時代のスホとウニョンが、畑でかくれんぼして遊ぶシーン、ソウルの市場でスホが必死にウニョンを捜すシーンなど・・いなくなった人を捜すシーンが一杯でてきます。まだドラマ序盤なんで、これがどういう意味をもつのか私にはわかりませんが、きっと、何か重要なポイントのような予感がしています(本当?)。

さて、続きを見るぞ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月20日 (日)

Seeya 2nd のプロモーションMV

ちょっと、時事ネタです。

いろいろ、忙しくてドラマ鑑賞も進みませんが、ぼんやりテレビをつけていると、おや、Seeyaの2ndアルバムのプロモーションMVが流れていました。これは・・・お~~~って感じでしたよ。MV中には、「ファッション70s」「大望」のイ・ヨンウォンさんと「ラブレター」「ソドンヨ」のチョ・ヒョンジェさんの姿が・・・ドラマを作れば、主役として十分良いのができる2人です。この配役でドラマ作ったら絶対見るんだけどね^^。ホントに、瞬間で惹きつけられました。でも、どこかのドラマのように、脚本がつらいと、演じる人がどんなにがんばっても、良いものはできません。ドラマも脚本・監督・配役とバランスがとれていないと人に伝わらない芸術です。

Seeyaも、いまのところ名前だけで、CDを買う部類に入ってますので、楽しみです。

さすがに早いyoutube・・もう映像がアップされてました。http://www.youtube.com/watch?v=rgCPQuwST5s

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年5月18日 (金)

韓国ドラマ「ありがとうございます」5話まで

韓国ドラマ「ありがとうございます」5話まで見ました。なんとも、不思議な味のするドラマです。韓国ドラマというと、展開の早い喜怒哀楽と思っていましたが、このドラマはちょいと違います。画面はのどかな島の風景、BGMは、リズムのゆっくりしたスローな曲で構成され、じわっじわっっと、演技者の会話が心に染みてくる感じです。いつも仕事に追われる生活をしていると、こういうリズムは、違うんですよね。内容は、ともかくとして、ある意味、癒しという感じがしてきます。大きく息を吐きながら「ほぅ~」って言いながら、見ている感じです(わけわからんね) 通常、このタイプのドラマになると、退屈と背中合わせなのですが、ヨンシン(コン・ヒョジンさん)とボミ(ソ・シネちゃん)が良いので、この2人の会話を聞き逃さないように、ここで緊張・集中しています。このあたりになってくると、この子役の驚くべきうまさがわかってきます。まるっこくて、変な顔だと思っていたボミの顔が可愛く見えてくるし、大人顔負けの台詞を上手にこなしています。

以下ねたばれ

さて、4話は、ソッキョン(シン・ソンロクさん)が、ボミが自分の子ではないかとヨンシンに問うシーンがでてきます。「俺が父親なら、何があろうと責任を果たす」とソッキョンは言います。ボミを見ると胸が痛むんだというソッキョン。まさに父親の感というやつですか?確かにボミとソッキョンの母は、そっくりですから他人とは思えませんね(笑)。ヨンシンは、あくまで否定します。当時、ソッキョンの賭けの対象で抱かれたという結果であっても、自分のソッキョンへの想いは、あくまで愛情ですので、それを否定することはできません。さらに、その愛はソッキョンの重荷になることを許しはしないのです。だから、そこにどんなに楽な道が待っていようとも・・ヨンシンはボミの父であることを否定します。我が子がHIVに感染していることも知らず、ヨンシンに困った時は助けあって生きるものだとボミに教え、育てるべきだとアドバイスするソッキョンに対応するヨンシンが、とっても悲しいです。この時のヨンシンの顔は、口紅でおもしろいことになっていますが、これが逆にピエロの涙のように悲しさを増強します。ソッキョンも、ひょっとすると、ヨンシンの性格を知るが故に、何人もの男性を愛せるとは思っていないはずです。だから、否定されても自分が父親であり、ヨンシン一人にその重荷を背負わせている・・という考えは、心に残ります。心に残るということは、気になる・・気になるということは・・・愛へとつながる・・・というわけですね。

通常、韓国ドラマって、隠された秘密が大きな障害として展開するのですが、ここにきて、初めて気がつきました。先読みすると・・・、このままいくと、ヨンシンは、ボミの実の父親から愛されるにもかかわらず、自分の心は別の男ギソ(チャン・ヒョクさん)へと向かう。母として子供の本当の父親との生活を選択するのか、女としての愛を選択するのかのヨンシンの行動が注目となりますね(本当にそうなるのかぁ?^^)。

さて、ギソのほうへ目を向けると、旅館で幽霊でもいいから死んだ恋人にでてきて欲しいと願っています。ギソがひっかかっているのは、死んだジミンの「私のミスで生きている間中ずっと苦しんでいた。ごめんなさいという思いをボミとその母に伝えて欲しい」という最後の言葉です。ジミンを愛するがゆえに、その最後の望みを叶えたいと思うのが普通ですが、その前に、ギソはジミンの死を認めたくないのです。ジミンに代わって、そんな思いを伝えることは、この世にジミンがいないことを認めることになるのです。ギソにとって、それは嫌なことなんですね。しかし、結局、ギソの足はヨンシンの家に向かうことになります。ヨンシンとボミの会話を外から聞くギソ。その顔がとってもやさしいです。こうして、ヨンシンとボミを見つめるうちに、ギソもヨンシンとボミが必要な存在になっていくのでしょうね。「縁」というもので、死んだジミンが愛する対象をプレゼントしたとも言えるでしょう。

そして、4話後半で、ソッキョンは酒を飲みながら、間借り人ギソに「ヨンシンの苦労を助けてやって欲しい。ヨンシンを守ってやってくれ。自分はできないから・・」と頼みます。このあたりのソッキョンの言葉は、もはや共に暮らせない夫、父親の言葉のように、なかなか泣かせます。

5話の良いシーンというと、遅刻して学校に行くボミとそれをたしなめるギソの言葉から、バイクがきてボミを抱き上げるシーンのあたりです。ここらは、ギソがまるでボミの父親のように見えて何ともいえません。当然、ボミ自身も父親のように感じているのを子役ソ・シネちゃんがとってもうまく演じています。そして、5話最終で、傷を負ったギソを一晩中看病するヨンシン・・・いい女だぁ。自分が弱っている時に、面倒を見てもらえると恋に堕ちやすいというのは昔からある法則ですね。おまけに、朝起きてみたら、となりで、わけわからずその女性が泣いているときたら、どうしたんだぁ?と気にかかるのはしかたありません。私もギソと同様に、ヨンシンのことが気になりながら・・・次週へ続くとなりました。

あ~長い感想をここまでよんでくださって、ありがとうございます。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年5月14日 (月)

韓国ドラマ「ありがとうございます」3話まで

韓国ドラマ「ありがとうございます」3話まで見ました。これは、しみじみと良いですね。驚くべきは、ヨンシン役コン・ヒョジンさん・・・これまでは、だいたい、やかましい感じの役に、絶対にあきらめない一途な想いを秘めた演技を組み合わせた役をするのですが、ここでは、この元気いっぱいさを少し封印して、シングルマザーとして、我が子ボミを育てる強い母を演じています。それでいて、しっかりとボミの父への想いは持ち続けています。これらの気持ちが、画面大写しになるコン・ヒョジンさんの表情で表現されて、伝わってくるところがすごいのです。コン・ヒョジンさんは、美人全盛の女優の中では、私には、ブ○の部類に入っていましたが、いつの間にやら、とってもきれいになって、表情のアップに耐えられる女優となりましたね(失礼だなぁ)。

一方のギソ役チャン・ヒョクさん・・・恋人を失い、人生の方向性を失った演技が、これまた良い感じです。やっぱ、美男はそれだけで、得ですね。哀愁を含んだ目がとってもきれいです。でも、この裏には、チェ・ガンヒさんが演じたジミンの存在を忘れてはなりません。第1話のジミンの存在とその最期、そしてその時のギソの想いが、この序盤の物語をつくっているわけです。第1話が非常にすばらしかったため、その1話の回想シーンがでてくるたびに、その時のギソやジミンの気持ちをフィードバックして、感動が倍になっていくのです。振り返ると、このドラマの第1話は、短編ドラマかラストシーンかというほどの、まとまったできでした。

さて、ドラマのストーリーを追ってみましょう。2話では、ギソがヨンシンの島へやってくる過程とヨンシンとの出会いが描かれます。ギソの家庭は、どうやら複雑な家庭らしく、母は実業家、父は元医者のタクシー運転手(わけわからんちゃ)みたいです。最愛の女性をも助けられなかった自分の医師という職業に、嫌気がさしたギソは、医者を止め、母の事業を手伝うことにします。1話での「必ず(ジミンを)助けます。医者になって初めてする約束です。」の言葉が効いていて、この約束を守れなかった自分の職業に限界を感じ、やる気がなくなっているわけですね。医者は、神ではありません。ですから、人の生命や機能を維持することの手助けはできても、そこに限界が存在することは、当然の事実です。通常は、この限界は自明の理として、医師の行動の妨げとはなりません。しかし、そのようなわかりきった事実を越えても、自分にとって助けたい人がいたわけなんです。ここのギソの気持ちが、感動を生んでいるのです。で、医者を止めたギソは、実業家の母の部下としてのソッキョンに連れられて、ヨンシンの島へとやってくるわけです。

さて、このギソをヨンシンへと導く役目をしたのが、ジミンの熊のぬいぐるみです。この熊のぬいぐるみは、死を目前としたジミンが、自分の最後の謝罪としてボミに手渡そうとしたぬいぐるみです。結果として、船の上で、ジミンはボミに、そのぬいぐるみを渡せたのですが、一緒にいたギソは、そのようなことは知りません。ジミンの最後の気持ちが積もったぬいぐるみを何とか取り戻そうとして、ヨンシン一家に絡んでいくことになります。

3話で良かったのは、ソッキョンが、ヨンシンに向かって「父親は?」って聞いたシーンです。ここからのコン・ヒョジンさんの表情がとっても良いです。クリッとした黒い目で、ソッキョンを見つめながら、「ボミの父親は天使なの」というシーンで、私は、おちました。なにげないシーンでしたがいいねぇ。

そのあと、眠れない~とうなされていたギソがヨンシンのボミへの子守歌で、眠りにつくのがとっても良い感じでした。この子守歌は、「春のワルツ」でおなじみのクレメンタインの歌ですので、私としては、ここでも来たかぁって感じでした。そして、3話最終で、ついに、ギソは、鼻血を出したボミの手当の仕方を見てボミがジミンの目的の子供と気づいたようです。最後のチャンヒョクさんの顔のアップ・・・かっこいい~。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年5月11日 (金)

韓国ドラマ「春のワルツ」6話まで

韓国ドラマ「春のワルツ」6話まで見ました。きらいでは無いです、このドラマ。

ただねぇ。わかりにくいんです。レンタルできるDVD版は、NHKによる編集版と思われますが、現在から過去へ画面が飛び、その中で重要なエピソードが紹介されるという手法をとっています。通常は、過去を描き、続いて何年後として、時間の経過通りに進めていき、現在からの回想として、すでに見ている過去のシーンを引用するというやりかたをとります。このドラマは、ドラマの進行中に、初見の過去のシーンが出てきて、なるほどこんなことがあったのかぁと視聴者に見せるわけです。これは、サスペンスドラマのネタばれシーンなどでは、よくあるのですが、インパクトのある印象に残る方法です。しかし多用すると、全体の流れがわかりにくくなると思います。どうして、こうなっているのだろう?という疑問を先に視聴者に抱かせ、その背景を小出しに、紹介していくという手法では、視聴者に緊張感を強いるんです。なぜなら、ちょっとぼんやり見ていたり、エピソードの意味がわからなかったり、視聴期間が空いたりすると、そのエピソードの意味がとんでしまって、結果として、あれ?ということになってしまいます。集中してみたり、視聴後にネットの感想・あらすじサイトを見たりすることで、このストーリーは、こういう意味なのかと知識を補う必要がありますよね。

こういうのは、現実でもよくあることで、案内文書やマニュアルを作成するときに現れます。つまり、わかっている人が作成する情報は、初めての人にとっては、わかりにくいことがあるということです。自分は、言いたいことや背景・事情がわかっていて、情報を発信していますが、初めての人は、理解を助ける因子が初めから欠如しているのですから、何を言ってるのかわからないということになります。それを補うために、くどくど説明すると、本当に言いたいことに行き着く前に、あきられて、焦点がぼけてしまうということになります。かつて、マニュアルを作るときは、「中学生が読んでもわかるものをつくれ!読んでもらえないなら、絵やイラストでポイントを表現しろ」と言われたことがあります。すべての人にわかる文章・資料を作ることは、とっても難しいです。最低、重要な文書は別の人に読んでもらい、思い込みの部分を訂正するのが必須でしょう。

あら、このブログの私の文章は、すべての人に理解してもらおうと思って書いてませんし、気軽に考えを羅列していることが多いですので、意味不明であっても許してくださいね。(じゃないと、しんどくて書けないよ。)

さて、ドラマの感想ですが、ハン・ヒョジュさんのウニョンという名前とその行動にかつて別れたウニョンを思い出し、韓国へウニョンを捜しに戻るチェハです。脚本家の人は、真相は、まだまだ教えないよということで、チェハには、ウニョンは死んでしまって、目の前のウニョンと自分が捜している人物とは違うという結論しか出てきません。でも、チェハにとって、心はすっかり、ウニョンが気になるという状態になっているのです。

ここで、配置されたイナとフィリップ。フィリップは、ウニョンがお気に入りですので、恋人になってと猛アタックです。英語まじりにアタックしますが、言葉の壁は大きく、なかなかウニョンへは通じません。でも、ウニョンも一緒にいて楽しいという気持ちは十分感じられました。でも、一緒にいて楽しいというのと、好きというのは別らしく、フィリップとは別の感情がチェハへ向かうことになります。イナは、幼少のころの本物のチェハを知っていて、チェハへ好意を寄せています。

こうしてみると、登場人物のそれぞれが、何らかの秘密やしがらみを抱えていますので、上手に展開させれば、届かぬ想いや見つめるだけといった切なさが出てくるでしょう。楽しみにしています。これにて、ちょっと韓国版のほうを見ようかなって気がしています。またね~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 7日 (月)

韓国ドラマ「春のワルツ」見はじめました。3話まで

韓国ドラマ「春のワルツ」見はじめました。3話まで見ました。BSで全話録画していたのですが、ちょっと、女優の声に違和感があって、吹き替え版は見る気がしませんでした。DVDがレンタルできるようになったので、これで、字幕で見ています。ハン・ヒョジュさんの英語ボケもしっかりわかり、可愛くていいですよ。

さて、第1話は、まあ、良しとしましょう。ウニョン(ハン、ヒョジュさん)のニット系の服がきれいなんですけど、ちょっと「ごめ愛」のイム・スジョンさんファッションを思い出してしまいました。おまけに、ザルツブルグに向かう電車の中で、ウニョンがチェハ(ソ・ドヨンさん)に向かって、韓国人、日本人、中国人を言語で確かめるのも、「ごめ愛」のジソプさんを思い出してしまいました。

ありがちな展開だけど、導入としては、一応許そうと続きを見たわけですが、ここからが忍耐・・・。2話から3話にかけては、何なんだ~。長い。長すぎる・・・この子役時代。後のエピソードとして重要なのかもしれませんが、見ていてしんどいです。まだ、やるのかぁという気持ちでいっぱいになりました。確かに海と島の映像としては、美しい。テーマカラーは、スホの青、ウニョンの赤が、きれいに風景の緑、黄色のポイントとして生きていてとっても美しいです。でも、映像はいいから、ちょっとストーリーをすすめてくださいよぉ。でも、まだまだ、私、心が広い状態ですので好意的に見ます。4話も子役か?そろそろ目の保養をさせてくれい(意味不明^^)

今のところ、私の四季シリーズの評価は、秋の童話>冬のソナタ>>夏の香りという順ですが、この春のワルツがどこに入ってくるのか楽しみなことです。秋の童話の大泣きを越えるのは、難しいと思うし、冬のソナタのチェ・ジウさんの美しさはすごいので、今の予感では、冬の下かな? 切なさをハン、ヒョジュさんが上手に演じて、夏の香りのような健全ドラマ(キスシーン、抱擁シーン少なし)にしなけりゃ、冬の上に行くこともあるでしょうね。見終わったら、どの位置に入ったか、また、報告します。

ちなみにウニョンという名前を聞いて、私、KCMの歌が浮かぶのはどうなんでしょう?ドラマひとつでいろんなこと連想しすぎ~^^。

| | コメント (4) | トラックバック (3)

2007年5月 6日 (日)

韓国ドラマ「不良家族」見終わりました。

韓国ドラマ「不良家族」全16話見終わりました。やはり、恋愛話は人情話に勝てるはずなく、15話~16話は、ボロ泣きですね。主人公はもちろんナリム(イ・ヨンユちゃん)・・。とんでもなくうまい子役です。1枚張っておきましょう。Furyou3_3 泣き顔から、笑顔、怒りの表情までこなします。ナリム無くしては、この感動は味わえません。

家族に関する感想は、前回述べましたので書きません。ただ、このドラマ上手にまとめたと思います。幸せなシーンで終わると気持ちが良いですから・・・。ダルゴン(キム・ミョンミンさん)とヨンア(ナム・サンミさん)の恋愛話は、スパイスに置いておいて、この偽家族を演じた人々とナリムと全員が主人公です。恋愛ものに慣れた私には、ひさしぶりにホームドラマっぽい良いストーリーを見せて貰いました。誰かの演技にはまるという感じではないですが、ほのぼの良かったね~気持ちよかったね~と言える秀作だと思います。まさに虚構の世界が描かれていきますが、大丈夫です。機会があれば、見ることをお勧めしますよ。ただ、最終話近くの予告は見ないようにしたほうが良いと思います。展開が読めちゃうよ~。

ヨンアを演じたナム・サンミさんのはまり役です。気が強い時の怖い目と笑顔の時の三日月型になる目が対照的です。おまけに、可愛い服やきれいな服が似合わないと思ったのは私だけでしょうか?15話で、落ち込むダルゴンを元気づけようとはしゃぐヨンアの笑顔を張っておきます。Furyou1 このシーンは、相当恥ずかしかったと思いますよ。だって、見ているほうも、恥ずかしくて目がテンになってましたから。16話のダルゴンとヨンアのキスシーンは、このカップルらしくて、微笑ましいものでした。韓国ドラマのお約束で、カメラが回りましたが、全然ムードがないこと・・・笑えます。

最後にプギョンが言った格言で締めておきます。「涙に濡れたパンを食べたことの無い人は、人生を語るな」・・・・・つべこべ言うとったら土に返したるで!

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2007年5月 5日 (土)

韓国ドラマ「不良家族」13話まで

韓国ドラマ「不良家族」13話まで、見ました。ここでの第一声は「なんて良いドラマなんだぁ!」です。

11話くらいから、毎回、人情ネタで泣かせるなぁと思っていましたが、何かちょっと足りないと思っていたんです。すべてのキャラクターが光り輝くドラマなんですけど、ダルゴン(キム・ミョンミンさん)とヤンア(ナム・サンミさん)の恋・・これをどう表現するのか注目していたんです。2人とも意識してはいるものの、素直ではないため、なかなか進展しません。しかし、ついにやってくれましたよ。13話の水族館のシーンです。ヤンアの辛いときには海が見たいという言葉に、ヤンアを水族館に連れていくダルゴンです。全編を通じて、ダルゴンは口は悪いけど、とっても優しい人間ですので、その気持ちはしっかりヤンアに伝わり、水槽を覗くダルゴンの背中へ、ヤンヤは頭をのせ、「じっとしていてね」といいます。ダルゴンの心臓の音が、ヤンアの心に響きます。医者でもない限り、人の心音を聞くことはめったにないでしょう。その音は、子宮で聞いていた母の心音の響きにも似て、人に安らぎを与える音です。そして、人が生きているという音・・・生命感を感じさせる音です。ヤンアは、愛する男性の背中に頭をのせて、そして、安らぎ・・そして・・幸せを感じたのです。見ている私も幸せを感じましたよ。さらに、その後、追い打ちのように、今度はダルゴンが、ヤンアの背中越しにギュゥ~とヤンアを抱きしめるんですよ。いやぁ、良いものを見せてもらいました。どうも、2人の恋は背中がキーポイントみたいですね。ちょっと、物足りなかった恋愛シーンのドキドキ感をこれにて埋めましたので、けっこう満足しました。

13話最後に偽家族みんなが、丸くなって手を繋いで眠るシーンは感動的です。家族って何でしょう?通常、血の繋がりと夫婦関係を基礎にした人間関係と考えられますが、実は、自分の心の持ち方で家族ができてしまうのです。ここに出てくる人々は、実はとっても寂しい人ばかりで、人間の愛情に飢えていたのでしょう。何らかの事情で、家族を失った人々をダルゴンは集め、家族の大切さを味合わせたわけです。無かったものを得た人の気持ちは、ずっと持っていた人の気持ちとは異なります。その気持ちをドラマを見ることで体験させてもらえます。でもって、「良いなぁ」となるわけですね。

人間は、とかく利己的な存在になりがちですが、「本来こうありたい。こう生きたい」という気持ちを持っています。気持ちの大小はあるにせよ、それが他人に対する思いやりや親切心で表現されるわけです。このドラマを見ている私たちは、「こんなこと無いよね」と思いながら、「他人が家族のようになっていくってこと、あってもいいよね」と希望をそこに描きます。一般的にドラマは、あくまで虚構の世界で、お金もちの男性との恋とか、とっても可愛い女性との恋とがが描かれることが多いです。そして、このドラマは、家族というテーマで物語をつくっています。やはり、ここで描かれる家族は、本当は嘘の世界なのかもしれません。しかし、世に生きている全員が、自分という存在がある以上、そこに家族があるはずで(お墓も含む^^)私は、もう一度その存在のありがたさを見直してみたい気がしました。そして、普段何気に持っているもの(家族、友人、職場、お金、住む所・・・)への感謝を感じました。

はい。大きな声で言いましょう。「ありがとうございます」・・・宗教じみてきたなぁ^^韓国ドラマ「ありがとうございます」は何曜日放送だったけ・・・(笑)

そうそう、このドラマのMVを紹介しておきましょう。良いシーンでいつもかかる曲でなかなか良いです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 4日 (金)

韓国ドラマ「ありがとうございます」第1話見ました。

韓国ドラマ「ありがとうございます」第1話を見ました。医師ミン・ギソ(チャン・ヒョクさん)とエイズに冒された娘ボミと生きるイ・ヨンシン(コン・ヒョジンさん)の物語です。脚本は、「ごめ愛」「このろくでなしの愛」を書いたイ・ギョンヒさん(やばい・・悲劇的な結末になるのかな)、演出は「あんぱん」「別れの法則」のイ・ジェドンさん(こりゃ、楽しい)ということで、私には、興味しんしんのドラマです。男優主役は、「大望」の涙顔が美しかったチャン・ヒョクさんで、女優主役は、「雪だるま」「乾パン先生・・」「サンドゥ・・」のコン・ヒョジンさんですので文句ありません。

何と、このドラマ第一話から、涙ボロボロにしてくれます。ヨンシンの娘がHIVに感染する原因ともなった輸血を行い心に一生の傷をもつ女医としてジミン(チェ・ガンヒさん)が登場します。いやあ、久しぶりのチェ・ガンヒさんのクリクリ眼見せて貰いました。ここでは、チェ・ガンヒさんは膵臓癌からの腹膜播種という不治の病に冒されたギソの恋人として登場します。このギソとジミンとの絡みで、第1話にして泣かされたわけです。不治の病の恋人を助けようとする天才外科医ギソ、彼のジミンへの想いがズンズン伝わってきまして、きついですわぁ~。「俺が死んだら、お前を治せる人間がいないから、死ぬまでの残された時間を好きに使えばいい!」「必ず助けます。医者になって初めてする約束です」なんてことを、あのチャン・ヒョクさんが言いますとクラクラきますね。愛する人を助けようと執刀する場面で、麻酔で眠るジミンにそっとキスするギソ・・もう・・涙涙ですわ。そして、ジミンが死へ向かうところで、ヨンシンに出会うわけです。出だしで、これだけ良いシーンを持ってくると後がつらいんじゃないのといらぬ心配をしながら、貯めずに見ていくことに決めました。次は、そう泣かされることは無いと思いますが、ギソとヨンシンが、どう恋におちていくのか楽しみです。

そうそう、一番びっくりしたのは、コン・ヒョジンさんがきれいなこと!(笑)目をさわった?目が奥二重になったのかな?前は、ここぞというときに、きれいだと思った女優さんですが、今回は、いきなり、ず~~ときれいなのでびっくりしてしまいました。主役二人が好きですととっても見る気になるのはしかたありませんよね。これは、楽しみなドラマになりそうです。ありがとうございます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

韓国ドラマ「不良家族」9話まで

さて、世の中は、連休に突入し、私もドラマを見る暇なく、いろんなことを、やっていて忙しいです。韓国ドラマ「不良家族」9話まで見ました。いやな感じのない心温まるドラマです・・・が、ちょっと、個人的に肉体疲労が蓄積していて、見ているうちに寝てしまいます。

題名どおり、家族の物語ですので、今のところ、オ・ダルゴン(キム・ミョンミンさん)とヤンア(ナム・サンミさん)のシーンに圧倒的に集中することなく、ホンワカとした人情話で進んでいきます。このホンワカといったところがくせ者で、いわゆる心地よい感じ・・ポカポカ・・ぐぅ・・おやすみ・・と繋がるわけです。大きく感情を揺さぶられる感じでは無いのですが、心地よいという感じのドラマです。

さて、ストーリーに戻ると、だんだんダルゴンとヤンアの恋が描かれてきました。お互いに着るものをプレゼントしたいのに、直接、素直に渡せないところなんか、とってもかわいいカップルです。どちらも、子供用として買ってきて、大きすぎて合わないから、あげるよという2人。Tシャツの柄がちょっと、年齢不相応なところが笑えます。そして、偽の家族たちを守るためソウルを去るダルゴン・・ちょっと切ないシーンでした。ダルゴンの優しさがヤンアに伝わり、ナム・サンミさんの笑顔が輝きます。ヤンアは、弟3人の面倒を見ているがんばり者ですので、必然的に性格はしっかりしていて、恋愛には疎い感じです。ダルゴンもチンピラでしたから、ちょっと女性の扱いにはなれていません。この2人の初々しい恋が、見ていて優しい気持ちにさせられますね。

ソウルを去ったダルゴンを追っていったハ・ブギョン( ヒョニョンさん)もなかなか良い役です。心ここにあらずの男を見つめる女のつらさをダルゴンにぶつける時の表情は、カメラの撮り方がうまくて別人かと思いましたよ。でも、しゃべると・・私には、恋愛モードがお笑いモードへ変わってしまいます。

 

まったく、話、変わって、春になるとテニスの草トーナメントがたくさん開かれていて、それにいろいろ参加しています。ダブルスのパートナーから練習しよう!と誘われると、時間があれば嫌とは絶対言わない私です。しかし、体力的にはきつい~。試合が連続すると、手首と肩が痛くなるんです。きっとボールの打ち方が悪いのでしょうね。テニスを始めたのは「エースを狙え」の時代ですから、そりゃ、ガタもきますか? テニスの格言で好きなのは、すべてのボール競技に共通する「この一球」です。普段は、めったに思い出すことないのですが、ときどき頭に浮かびます。「この一球は絶対無二の一球なり。されば身心を挙げて一打すべし。この一球一打に技を磨き体力を鍛へ、精神力を養うべきなり。この一打に今の自己を発揮すべし。これを庭球する心という。」ってやつです^^。うわ~、いや~スポコンそのものだぁ~(笑)。

だいたい、試合で負ける時のパターンは、弱気になって守りに入った時ですね。勝負というのは、微妙な力関係から成り立っていて、自分の打つボールが良いと相手から甘いボールが返ってきてポイントが取れ、大事に行こうとすると自分の打ったボールが死んで、攻められてポイントを失います。テニス仲間から「君はもっと強く打てるんだから、打たないと」といわれて、強打しまくってたら勝率が上がりました。「攻撃は最大の防御」とは良く言ったものです。でも、テニスは確率のゲームでもありますから、その強打をコート内に落とすだけの確率が無いと何にも残らないんです。ここが弱気に入る原因・・・シングルスのように一人でやってるならかまわないんですが、ダブルスとなると、パートナーに悪いという気持ちが生じます。ちなみに、私は、ダブルスのパートナーのミスは気になりません。最終的な勝負に執着するような歳は過ぎてまして、自分のプレイに満足して、楽しかったら良いという感じです。セルフジャッジの試合でアウト、インで争っているのを見ると悲しいものがあります。一番、近くの人が判断して、疑わしきは自分の不利なようにというマナーが根幹に無いとセルフジャッジなんかできませんよ。

「エースを狙え」という漫画は、化石とも言えるとっても古い漫画で、絵的にはこの時代ではぎょぇ~って感じなんですが・・数多くの名言があって「負けることをこわがるのは、およしなさい!それより 力をだしきらないプレイをすることこそをおそれなさい」とか「男なら、女の成長を妨げるような愛し方をするな」なんてのもあります。マニアックですので、捜して見るほどではありませんよ~^^。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »