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2008年9月19日 (金)

韓国ドラマ「なんでウチに来たの?」16話まで

韓国ドラマ「なんでウチに来たの?」16話まで見ました。いやあ、ひどいことになってしまいました。

まず、ミスの会社は倒産し、ミスの家は借金のカタにとられてしまいます。こうして、お金持ちだったミスは、認知症の父と幼きジミンをかかえて、ボロ家に引っ越すことになります。ミスは、父の日記から、会社の倒産がガンジェのせいだと誤解しましたので、ガンジェの好意をうけることもありません。お金持ちのお嬢さんからのギャップが強烈です。ミスにとって、この生活は苦しいでしょう。もっともきついのが父の認知症。自分を娘だともわからず、ボーとしており、時折かんしゃくを起こす。よくあるエピソードで、食事したばかりなのに「ごはんを食べさせてもらえない」とミス父が怒るシーンがありました。人間が人間であるための部分が減っていっているのです。元気な時を知っているが上に、この父の変わりようは信じられないし、悲しいものがあります。自分にとっては父であるけど、もはや父にとって自分は娘では無いのです。生きながらにして起こる、親娘のつながりの消失ですから、ある意味、これは父を死でもって失うよりつらいことかもしれません。

こんなミスやミス父を見て、ギドンはミスを無視することはできません。ミス父が前に言っていたように「ギドンはやさしい」ということです。しかし、その優しさは、ミスとボクヒの恋にとって残酷なものです。ミスにとっては、もはや自分の心の方向がわかっているにもかかわらず、長年ギドンのそばにいたボクヒの存在のため、決して自分の気持ちをぶつけることができません。一方のボクヒは、明らかに心変わりしていきそうな男を、自分のすべてと感じ愛している。いつ別れようといわれるか不安でたまらない状態です。何故こんなことになっているのでしょう。それはギドンが優しいから・・・。人間の理性としては、これまで世話になり、愛を尽くしてくれているボクヒを捨てることはできません。しかし、感情はもはやミスを求めているのです。これでは、「人でなし」と言われようとボクヒを振って、自分の感情に従ってミスに行くしかないのです。人間が人間であるための感情がミスを求めている以上、それが人でなしの道であろうと進むしかないと私は思います。ボクヒにとって、自分と一緒にいても別の女のことを考えているような男と暮らしたって、それは幸せでは無いのです。幸せでないなら、ボクヒはギドンを手放すしかありません。

ガンジェは、ミス父の会社を上手に存続させようとして奮闘しましたが、その行動はミスやミス父にとって誤解され、ミス父の会社倒産の裏にいる人物として思われてしまいました。そうなると、ミスにとってガンジェは仇となり、結婚なんか思うこともなくなります。これは、ガンジェにとって悲しいことです。愛する人を悲しませないように努力していた行動が誤解され、逆に縁が切れるということになる。それは、ミスが心の奥底で、ガンジェに絶対の信頼を与えていないことを意味します。前にギドンが裏切ったのを知った時は、何か事情があったはずとミス自ら確かめにいきましたよね。この違い・・・このあたりに、もうミスの気持ちがはっきり表れていると思います。ガンジェもめちゃ悲しい状態なんですが、私には、何故か悲しそうに見えないのはなぜでしょう。お金があるからかな(笑)

罪深き男ギドンも、ついに母をガンで失うことになります。こりゃ、どう収めるのか想像つきません。コメディっぽいところが無くなって、みんなひたすら不幸になる悲しいドラマになってしまいました。なにか、ただようストーリーの無理矢理感が私には湧いてきて、いまいち泣けないのが残念です。

ギドンはお金をどこで儲けているんだろうとか、ミス姉は何故ミスを支えないのだろうとか、ミス妹は男と一緒に旅行に行ったにせよ、ニュースとか新聞で父の会社が倒産したことは知るだろうし、電話くらいかけるだろうなんて・・・つっこみたいです。

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