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2009年8月29日 (土)

韓国ドラマ「がんばれ!クムスン」145話まで

韓国ドラマ「がんばれ!クムスン」145話まで見ました。

私にとって、ここまで見てきたこのドラマ中で最高のシーンが、前回の感想を述べた所からこの間にありました。さて、どこでしょう。はい、ジェヒがクムスンの子を初めて抱きしめるシーンです。クムスンの子とジェヒとの出会いは、あっさりきましたけど、実は大きな意味のある出来事です。母であるクムスンにとって、結婚を決意することは、ジェヒが我が子フィソンの父となることを意味します。このフィソンとジェヒとの相性が良くないと実は進めない道なんですよね。ですから、フィソンに会った時のジェヒの態度がどうなのか、我が子を可愛がってくれるだろうかというのが、絶対、心配なはずです。

さあ、やってきました。フィソンとジェヒの出会い。フィソンってなかなかしゃべるシーンがなかったのですが、ここではとっても可愛くジェヒに挨拶し、ジェヒの腕の中に入ります。この時のジェヒの表情が最高!すばらしい!。クムスン視点で見てますと、「ああ、この男性となら、(子供以外の)何を捨てても良い」と思うでしょう。血の繋がりのない子に向けるジェヒの満面の笑み。私と同じように私の息子も、この人は愛してくれる。フィソンのお父さんになってくれる・・・・クムスンは最高の幸せを感じたと思います。この時のクムスンの微妙な表情も良かったですよ。これは、実はシワンのソンランの子に対する対応が対照として効いてますから、ジェヒがよけい素敵に見えます。

まあ、ジェヒもおこちゃまなんで、フィソンと合いやすいとも言えます^^このあたりは、ジェヒとクムスンの幸せそうな交際が心地よいです。やはり、クムスンが素っ気なくて、ジェヒを子供扱いするところが最高^^受けるジェヒも、「顔はいいけど性格が最低」とクムスンに言われて喜んでたりして、可愛くて、なんでも一生懸命なところが好感度高いです。

でもって、最高のシーンの後は・・・ファンの方には申し訳ないけど、私はここで評価を下げます。

ひとことでいって、見ていて気分が悪いということです。ジェヒ母のノ家への訪問で、自ら話をするまえに、ジェヒとの交際を知られてしまったクムスンは苦しい立場に追い込まれます。自分の息子の嫁が、外で男と会っている・・この複雑な心境は、ジョンワン父母に裏切られたという感情を芽生えさせました。そこから、はじまるクムスンへのいじめ(あえて、いじめと書いてますよ)。私、こういうの見たくないのです。一緒に住むなら、住めるように対応する。たたき出すなら何があってもたたき出す。何か中途半端にぐずぐず生殺しをしているみたいでイヤなんです。すみません。私には、ノ家の家族の怒りがストンと伝わってこないのです。

一般的な例をあげますと・・・確かに、実の娘が、突然、はじめて男を家に連れてきた時、親、とりわけ、父親は必ず反対です(笑)それは、娘が女であったという事実にとまどい、娘の所有権(保護者という意味ね)と娘の愛情を奪われるという無意識の心の抵抗なのです。しかし、冷静になると、娘の成長を喜び、次に客観的な目で娘の幸せへの道を考えます。

この場合、ノ家の人々は、クムスンが嫁であり、母であるという存在から、女であるという意識の変革ができなかったのでしょう。息子はすでに死んでいるにもかかわらず、その嫁が、一生、亡き息子を愛して過ごしてくれるという親の幻想が、そこにあります。確かに、亡き人を思い、他に心を移さないって、美しい(?)のかもしれません。メロドラマのテーマに近いものがありますよね。ドラマ中の言葉にもありましたが、「人は幸せになる権利があります」亡き人を思い、過ごすのも自分の人生なら、他に好きな人を見つけて再出発するのも自分の人生。幸せだと思う方向へ進む権利は、その人のものなんですよ。

だから、いい大人のクムスンが、ジェヒとの結婚を決意した以上、家族であろうと他人であろうと、反対はできても、非難することはできません。どんなに寂しくても、クムスンが幸せになる道を探してやるのが、家族(義理だけどね)というものではないでしょうか。だから、私は、このあたりの展開を見ていて悲しいのです。クムスンやジェヒ視点になっていますから、本当に謝ってばっかりでつらいです。これだけ、謝っても、通じない。一転してひどい仕打ちが返ってくる。人がつくってくれた食事を無視して食べないのは、どうもがまんできません。いろんなところで怒ってますよ。まあ、ハッピーエンドへ向かうための試練ですから、仕方無いのですけど、気分が悪い感は、ドラマへの一体感を減少させるというのも事実です。

これをバネにまた泣かせる展開にするのがわかっているんですけどね。

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コメント

う~ん・・・・このシーンpout観てられなかったですね・・・ここまでしなくてもって思いました。
  でも、ノ家の人達・・・・私が義母であれば分かるような気もするの~やはり、息子を見捨てた・・・って事かな~早くに亡くなった息子の面影を共有して生きてく事を望んでたんでしょうね・・・私は子供がいないけど、何となく分かる・・・・様な?でも、意地悪はしないよ。きちんと訪ねますが。
  心の中では『ここまでしてやったのに』って思う部分もあるのだと思う。

   でも、これはいけない事なのよ
  現実は生けていかなければいけないのだからね。だがら・・・長男の嫁でも同じことが言えますよね。
  クムスンが先に亡くなって・・・再婚って事になれば・・・・長男夫婦と同じ・・・で・・・・じゃぁ~再婚相手が初婚であればいい・・・こんな都合のいい話はないから・・・長男夫婦の問題が許せない 
    これは女性差別だよね
  ここのところは納得できなかったな
 
  

投稿: おじょ | 2009年8月30日 (日) 12時39分

おじょさん、こんにちは^^

そうなんですよ。このあたり、姑のキム・ジェオクさんが、キッっと睨むと、ひぇ~;;って感じでした。次は、フィソンの件で舅がわけがわからないことを言いだしはじめましたし、クムスンって本当につらい状況となっています。

親は、亡くなった子をずっと覚えています。ですから、嫁も同じ気持ちであると思うのです。だから、別の男との交際は、裏切られた感を持つのはわかります。でも、亡き人に縛られて、まだたくさん残っている嫁の人生が、ひとりであることを思うと許すしかないでしょう。どうするかは、嫁の選択ですから、本人の意見を尊重するべきです。

ただ、おじょさん指摘のとおり、行くところのないクムスンに対して、ここまでしてやったのに・・・と思う気持ちもわかります。でも、非常に難しいことなんだけど、自分の行動に対して、報酬を期待したり、求めるのは、私は好きではありません。

ジェヒカップルとシワンカップルが、よく似た状況にもかかわらず、シワン親にしてみると、対応や言ってることが違うのは、一貫性がなくて、まさに人間を感じます。よく、計算された人物設定ですね。他人事なら客観的に判断できるけど、自分のことになると別・・・う~ん、きついけど真実か^^

投稿: ぼんやり | 2009年8月30日 (日) 18時46分

私の2回目視聴は、腎臓移植の手術の日程が決まったところなのですが…ここまで様々なことがあり、義母・義父はクムスンをようやく家族として受け入れれる情が沸き、同時に上手にお話ができるほど成長したフイソンにチョンワンへの思いが重なり、「チョンワンに会いたいweep」と義母は泣くんですね…テワンはもしかしたらクムスンに義妹としても又異性としても思いが深まっているようにも見えますし、ジェヒはじんわりとクムスンに愛情を深めていく…そんなそれぞれの姿が、今、ぼんやりさんが視聴している145話あたりで、登場人物皆の葛藤へとつながっていると感じます。義父の態度には、1回目視聴の時には画面に向かって「わからずやannoy」と叫ぶほど納得できず、でも今100話まで見てると気持ちが理解できなくもないかな…自分も日々反省ですが家族は家族であっても別人格。私物化してはいけませんよね…夫婦、親子互いに自立できるよう努力せねばと思うのです。

投稿: yukikokamo | 2009年8月30日 (日) 19時54分

yukikokamoさん、こんにちは^^

腎臓移植がテーマのあたりは、なんとなく許せていた各人の気持ちですが、このクムスン結婚・フィソン問題では、相当頭にきます。
2度目視聴では、ストーリーを知っているために登場人物の心の動きがよりわかるのでしょうね。

家族は別人格ですけど、心の垣根を開けて、自己と一部を同一化するところが他人と違うところ。その垣根の開け加減がちょいと難しい^^

投稿: ぼんやり | 2009年8月30日 (日) 20時34分

こんばんは!
エレベーターでの"愛の告白"は、素敵なシーンでしたね。。そして、私も 私も、ジェヒが クムスンの子供フィソンを抱きしめる場面が、最高に好きです!今まで、ジェヒに特に惹かれなかったのですが、風船を沢山持って保育園に行く嬉しそうな表情・抱きしめている時の素晴らしい笑顔に、初めてジェヒに 惹かれました。そのジェヒを見ているクムスンも幸せいっぱいな表情で、私は、3人が幸せになれるんだ~!と感動した場面です。

ノ家の人々とジェヒママの態度には、何故そんなにわからずやなの?辛い言葉の連発や結婚猛反対には、驚きと不愉快さえ 感じました。でも、それぞれの立場になれば 理解できないこともないです。同じ屋根の下で暮らしているうちに、クムスンが 娘のようになり、亡き息子に似てきた孫フィソンが 可愛くなってきたのでしょう。

ジェヒに惹かれ始めた私は、ウンジュの優しい穏やかな雰囲気に 好感を持ち始めましたよ。クムスンに、ジェヒの怪我をさりげなく教えたり、ジェヒの事を好きだけれど、クムスンでなくては嫌だというジェヒだから 仕方ない・あきらめるという点です。感じ悪い女性と思っていましたが、、、ステキです。お姉さんらしさが出てきたと思いませんでしたか?

おじょさん、「インスンはきれいだ」は、情報ゼロですが、覚えておきます。必ず見ますね!楽しみは 続きます。。。ありがとう~☆

投稿: kei | 2009年8月30日 (日) 23時35分

keiさん、こんにちは^^

ジェヒがフィソンに初めて会うシーンは、ドラマ的に、タメが無くて、あっさりしていましたが、実は、今後の展開さえ変える重要なエピソードです。あんなジェヒを見せられると、クムスンは絶対イチコロですよねぇ(笑)

ウンジュは、前半の性格を変えて、良い娘となってきました。失恋と複雑な家庭環境という試練に耐えた彼女は、人の痛みがわかる人間へと成長したのでしょう。

投稿: ぼんやり | 2009年8月31日 (月) 07時01分

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