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2009年8月30日 (日)

韓国ドラマ「がんばれ!クムスン」156話まで

韓国ドラマ「がんばれ!クムスン」156話まで見ました。評価をどうもっていけば良いのかわからない。ボロ泣きさせる名シーンがありますから、すばらしいと言うしかないか・・・な^^

さて、いちだんとむかつくこの展開。みなさん、よく耐えましたねぇ^^クムスンの子、フィソン問題が勃発!反対していた人たちもクムスンの結婚を認めても良いというところにこぎつけましたが、クムスンの子フィソンをノ家に残しておくようにという条件が突きつけられます。それは、クムスンにとって結婚を許さないというのと同じです。まともだった、ノ家家長がどうしちゃったのとしかいえません(怒り!)なんか、つらい感じですね。

ジョンワン父母のエゴの現れから、フィソンはモノであるかのように扱われます。フィソンの幸せはどこにあるの?母親に子を捨てろ!結婚支度金をやるから、子を売って出て行けと言ってる感じ。老後が寂しいから同情してくれ^^子供のことは、いつか忘れる(あなたたちがジョンワンをひつこく忘れてないくせによく言うわ!)もう、無茶苦茶な論理に開いた口がふさがりません。意見を述べようとすると、おきまりの「その態度は何だ!」と話にならないし、こりゃ「がんばれ!クムスン」じゃなくて「いじめられっ娘!クムスン」と題名を変えてください。

相変わらず、最低なのがシワン・・長男のあんたが正しい意見を主張しなくてどうするのでしょうか(ソンランの言う通り!)。もう、父に引退の引導を渡す時がきているのではないでしょうかね。ノ家の跡継ぎとして、ノ家をどうするか、父親にビシッと言ってやらないと、駄目です。まあ、言っても「なんだ、親に向かってその口のききかたは!」といわれるのでしょうけど、便利な言葉があるもんだ。「言ってることはわかるけど、上司に向かってなんだその口のききかたは!」・・・使いたくなります(冗談)このドラマ、M気質じゃないと見られない?私は、クムスンを見ていて、よく耐えるもんだと思いました。

フィソンをノ家に置いておけという主張の根拠は、結婚したら子供ができ、どうしてもそちらが可愛くなる。すると、名前の違うフィソンは、両親の実子に対して、劣等感や疎外感を受けるはずということです。新しく結婚するなら、再出発という意味で子供がいないほうが、嫁ぎ先の関係からいっても楽だし、夫婦にとっても楽なはずということですね。ある場合は、その選択もありえるでしょうが、母本人が選択すべき問題です。非常にうまくできた設定でして、クムスンは父母なしで祖母に育てられ、ジェヒは父がいないという状況ですから、祖父母のところに残されたフィソンが感じる気持ちは、痛いほど想像できます。その結果、クムスンは何があっても、フィソンを手放すことはできません。他に、ジョンワンの血をひいた子はジョンワンそのものだとか、みんな出て行くと、残った自分たちが寂しいからフィソンが欲しいとかいうのがありましたが、そのあたりは、まったく意味を感じません^^。

こうして、クムスン祖母、テワン、ついにはシワンなど、いろんな人たちが、クムスンの子を母から奪うのはおかしいんじゃない?って言って、やっと、、ノ家舅も、考えが変わってきました。まあ、自分が筋の通らないことを言っているのがわかっていますから、時がたてば、わかるのも無理もありません。でも、この件が解決する前に、ジェヒとクムスンの関係のほうを、先に展開させましたね。

文句ばかり書いてますが、一転して素晴らしいシーンも山盛りなんですよ。

こうして苦しむジェヒとクムスンのシーンで良かったのがありました。落ち込むクムスンをなぐさめようとして、ジェヒがクムスンをおんぶして、家への坂道を登っていきます。韓国ドラマでは、おんぶシーンがよく出てくるのですが、日本では、いい大人のおんぶなんて・・・って感じで、習慣の違いを感じて、私は意外と感動しないんですよ。このドラマのおんぶシーンは、いままで見たドラマの中でも最高ランクのおんぶシーンでした。ジェヒとクムスンの会話がすばらしい。「フィソンとおまえはセットだろ。ここはお前だけの指定席だよ。」「ナンパしてんの?」「お前だけしか口説かないから・・」きぇ~良すぎる!最高!使いたい言葉・・・(おいおい)人生という坂道をジェヒはクムスンをおぶって共に登っていくんだという脚本家のクサイ意図が感じられて、良いです。こういう満点のシーンと理不尽なシーンとが混在してるので、見ていて気持ちをどう持って行けばよいのか難しいですね。

そして、とんでもなく良い156話がやってきます。ジェヒはクムスンとの別れを決意します。フィソンと別れられない、亡き夫の両親を傷つけられない、ジェヒとその母の親子の争いをみてられない・・・2人の結婚で傷つく人がたくさんいて、その事実がクムスンをも傷つけるのです。クムスンから別れを言い出すという痛みを与えないかわりに、優しいジェヒは自ら別れを告げることにしました。私としては、まったく納得いきませんが、本人たちが、別れるべきだと決心したなら、それが、良い方法なのでしょう。命とも言える相手なら、別れは自分の心が死ぬことを意味しますから、誰を傷つけても進みます。しかし、2人はできなかった。まだ、耐えられると思ったのでしょうね。いずれにせよ、愛する2人が別れてしまうという切ないシーンがやってきます。ここは、ファンタステックカップル15話に匹敵するほどの泣きモードでしたよ^^

クムスンとジェヒ2度目(?)のさよなら;;ジェヒの心がわかっていて見てますから、公園に行く前から、もうボロボロ私は泣いてしまいます。公園で、クムスンに言い出そうとして、一瞬別のところに目をやったジェヒは、優しくクムスンに笑みを向けます。これに軽い笑みで答えるクムスン。言葉が無くても好きってのが伝わってきますよね。別れの時まで、軽いジェヒの言葉ですが、それが一層本音を伝えてきます。俺がおまえを好きなところ・・・旦那の家族を宝物のように思っているから、今、世界でいちばん良い男を失いかけてる馬鹿^^今日でさえ、俺が何を言いたいかわからない鈍感さ・・・クムスンは気づきました。ジェヒが何を言おうとしているかに・・・。まるで、最後であるかのように、互いの名前を何度も呼び合う2人。そして、ここまで、まさに取っておいたとも言えるジェヒの「愛してる」がクムスンに投げかけられます。でも、次の言葉は「別れよう」なんです。別れの時に「愛してる」をいうなんて反則ですよ~。クムスンの言葉は「イヤ」これを受けるジェヒは「良かった。喜ばれたらどうしようかと思った」です。目に涙を溜めながら、言うジェヒの軽い言葉。言葉以外に、表情が・・・目が・・・・別の大きな想いを伝えています。「泣かせたくないから、別れるんだ」こうして、ジェヒは去っていきました。すごいぞ^^もう、こうして書いていても泣けるという名シーンと思います。

さて、こんな別れを見せてもらいますと、次はどうなるんだぁと思いますよね。続きを見よう。

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コメント

ぼんやりさん、はまっちゃいましたね、このドラマに。私もノ家のお義父さんのあまりの分別なさに開いた口が塞がりませんでした。(オモニの方は始めからそうだったから驚きませんが)まあジョンワン、クムスン、フィソンへの愛着がなせる結果なのでしょうけど。それと公園での別れのシーン何度見直したことか・・。韓ドラ最高のラブシーンです。いよいよラストスパート、楽しんで見て下さいね。

投稿: ポーチュラカ | 2009年8月30日 (日) 20時49分

はやっ。。。。。もうすぐ。。。終わるじゃない。そう。。。見返りを求めてはいけない。これって親子関係では『一番のタブー』だよね・・・ましてや。。。嫁に求めるなんて。
  そう・・・・子供を置いて行け・・・
 この文句には私であれば・・・何言ってるのよ『死ねって』事じゃぁ~ない。
  ましてや・・・クムスンはわが子に、自分の生い立ち見たいな人生を・・・できるわけないじゃぁ~~ないpoutこの言葉には呆れましたよ。
   でもね・・・これって、実際に経済力のない女性・・・って経験してる人はいると思うわ~だから・・・このシーンは日本でもあると思うわ

   シワンは何がしたいのかは????
  だわ~もっと・・・自分の家庭をどうしたいかがないから『親』に逆らえないのよね。長男なんだから『ビッシット』と言わないといけんとよpunch

  これを見るがぎり、ジェヒは親子三人で。。。の生活が出来てるからこそ、引き下がれるのよね 

投稿: おじょ | 2009年8月30日 (日) 20時57分

ぼんやりさん、とうとうあの涙の公園シーンですか、視聴ペースもピッチが上がってますね。手のマッサージを受けながら、大嫌いなネギを食べながら、ジェヒの目が「ウリイッポクムスナ」と言っているので、こちらも涙涙でテッシュの山だったわ。さて辛い理不尽な場面の中だからより光る珠玉の名シーンたち、ジェヒのおんぶには前にクムスンから「おんぶしてあげようか?」のアンサーシーンで、ジェヒはクムスンとの恋でいろいろ学習しているので「つらい時=おんぶ」ときたんだね。えらいえらい、そしてフィソンへのジェヒの愛情はジェヒの欠落している部分をジグゾーの様に埋めます。

投稿: チャプチェママ | 2009年8月30日 (日) 21時03分

続きです。クムスンのノ家への思いは「義理」の仲ではなくて「家族」だからなんですね。だから「いじめ」られても不当な要求されても憎む気持ちにはなれない「悪気は無い」「本気じゃ無い」
そして「仕方が無い」の三無主義。愛ある別れ、まさに切なさの王道だ。ちなみに私は「切なさ」が大好物です。悲しいとは一味違って後遺症が残り日常生活にも影響します。ぼんやりさんもう一息です。夜明け間近が一番明るいとジェヒも言ってるでしょ。ハルモニの「別れなさい」は無意識のうちに「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」と言いたかったのかな。これは二度目の視聴で思いました。

投稿: チャプチェママ | 2009年8月30日 (日) 21時20分

ポーチュラカさん、こんにちは^^

ノ家の姑さんは、小言が多くて、舅さんはそれを諫めるという形ができていました。それなのに舅さんが、フィソンにこだわるとは思いませんでした。ちょっと、わかりきくかったです。

公園の別れのシーンは名シーンでしたね。クムスンといえば、あのシーンといえる感じ・・・。でも、私は、別れの理由には納得できてないけどね。

投稿: ぼんやり | 2009年8月31日 (月) 06時26分

おじょさん、こんにちは^^

親子関係で、育ててやったのに・・とか、老後をみてやってるのに・・・とか言い出すと、血が繋がっているが上に、逆にひどいことになりやすいです。愛と憎しみは、けっこう近いところにある感情なのかなぁ^^

投稿: ぼんやり | 2009年8月31日 (月) 06時30分

チャプチェママさん、こんにちは^^

156話のこの夜の公園の名シーンがきて、すぐに感想を書いて、その後外出したら・・・何と157話冒頭もシーンが続いていたぁ・・・こんなシーンの切り方は無いでしょう。157話では、準備ができて無くて、イマイチ泣けなかったよ。続けて見ればよかった。ちょっと損した気分です。

指摘の通り、クムスンは実は、ノ家の娘と化しています。だから、両親を悲しませるのが、どうしてもできなかったのでしょうね。逆に、娘としてクムスンの気持ちは分かってもらえると思っていたのでしょう。

フィソン問題は、クムスンがノ家実子なら、違った展開をみせていたはずですから、逆に、クムスンがノ家にとっての他人を意識させるエピソードとなります。そこで、クムスンがどう生きるか?何を選択するのか?自分の信条とあわせて、難しい問題でしたね。

「切なさ」は私にとっても、ドラマを見させる大きな原動力です。言葉にしにくい、きゅ~~とくる感じ、これが良いですね。

投稿: ぼんやり | 2009年8月31日 (月) 06時46分

ぼんやりさん、とうとう来ましたね。
156話。泣きましたーーー。
他にも好きな場面はあるのですが、この156話が私の中では№1です。
あとはラストスパート。
ここまでくれば、後は気が楽です。
お疲れ様。

投稿: minami | 2009年9月 1日 (火) 01時16分

minamiさん、こんにちは^^

156話の別れのシーンはドラマ全体の評価をも決めさせる名シーンと思います。ただ、157話に続いているとは思わなかった。

別れの後、運命・・縁があれば、また、巡り会える。そんなもんでしょう^^

投稿: ぼんやり | 2009年9月 1日 (火) 07時10分

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