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2012年6月

2012年6月23日 (土)

日本のドラマ「もう一度、君にプロポーズ」見終わりました。

日本のドラマ「もう一度、君にプロポーズ」全10話見終わりました。良いドラマです。このドラマには、大きな盛り上がりがありません。派手な音楽もなく、画面に映る演技者を最低限サポートするさりげない弦楽器の調べ。その時の主人公達の気持ちはこう?と・・・わかりやすく作られていません。いろいろな伏線や小道具と和久井映見さん、竹之内豊さんの繊細な演技から、いろんなことを視聴者に考えさせる。ですから、ドラマ以上にとっても大きな世界を含んでいます。視聴者は、この押しつけがましくないドラマを見て、なにか優しい気持ちになるのです。そう、優しい気持ち・・・・ドラマ中の波留の優しさが浸みてきて、その優しい気持ちが芽生えた自分に満足するドラマだと思います。

わかりやすく、刺激の強いドラマを好きな人には決して勧めることができません。見る時の、自分の環境も重要です(騒がしい所や、何かをしながら・・・ってのも駄目)。やかましい周囲の人のエピソードは無視して、波留と可南子の感情に注目・・・!これでいけます。ストーリーは表題を見ればわかるわけですから、そこに何を見るか?見終わった時、ちょっぴり人に対して優しくなった自分に、よかったね、ありがとう・・・と言えば、OKです。

さて、このドラマの最終話へ向かう展開は、実は急いでいると感じました。あれほど、動かなかった可南子の心が波留へ向かうところは、もっともっとしっかり描いて欲しいのです。韓国ドラマに慣れた私には、10話で終了ってとこで、え?ってな衝撃でした。まだまだ、この話・・・延ばせると思ったのです。記憶を失った可南子が、波留という人間を、新しい目で受け止め、その人に惹かれていくという過程を見たかったのです。前半のかたくなな可南子ですから、後半は、波留の優しさがそれを溶かしていく場面がもっと見たかったのです。そして、クライマックスは、記憶が無くても、この人が私の夫で良かったという可南子と「男は優しいだけじゃ、だめ~」を実行する波留の強引なプロポーズ&キスってのを私は頭の中に作っていました。ごめんなさい。これじゃ、普通のドラマになってしまいますね。ですから、この淡々としたペースを最後まで持って行った脚本家の勇気に乾杯!もし、DVDが発売されたら、見た人の評価は「退屈」と「しっとり良い」のまっぷたつじゃないでしょうか。

以下、大いにネタバレしており、まとまりのない長い走り書きでございます。

では、8話の副題は「始まりと終わりが重なる時…辿り着く答えは…?」です。「あなたを幸せにできるのは、一緒にすごしていたころの私・・・」という可南子と、「もとどおりにしたくて、記憶の無い可南子を傷つけていた」という波留。ついに離婚を決意します。そこには、2人の大いなる思いやりがあります。それでも、記憶が無くても、今、失おうとしているものの大きさに、心が反発している可南子がいます。わかんないけど、しちゃいけないこと。記憶のあるなしにかかわらず、これは、私にとって、してはいけない選択と、深層の想いがブレーキをかけるのです。「恋人と夫婦の違いは別れてみないとわかんない」とも言われた可南子は考えています。波留と私は夫婦だった。離婚を受け入れようとしている今、本当にそれで良いのかどうか。可南子の目から涙がこぼれます(このあたりの複雑な感情の動きは良い演出ですよね)。

「幸せになって欲しいと思える人がいる家庭を築いて欲しいと思っている。思い出は捨てるもんじゃなくて、将来の糧にするもの」という可南子母の言葉に、可南子は涙ぐみ何も言えません。幸せになって欲しいと思う人・・可南子の心の中に確かにいたのです。前の私を愛してくれ、記憶のない今の私に優しく接してくれる波留。たとえ、夫婦でなくなったとしても、この人には幸せになって欲しい。そして、追い打ちの母の言葉がきます。「近くにいても、口にださないと伝わらないことってあるんだよね。もう2度と会わなくてもいいの?」母の娘の気持ちを読む力はすごいですよ。はい、8話のすべてはこの後の可南子の言葉にあります。「会いたいよ・・」可南子の口から発せられた、この5文字の言葉に今の可南子の心の全てが表れています。言っちゃった・・という可南子の表情が良いですよね。口に出してしまうということは、怖いことで、耳から入る言葉は客観的な事実となって、自分の気持ちを確認することになります。波留に向かって「ごめんなさい。あなたは誰?」の状態からしてみると、すっかり可南子の心が動いています。時々、回想シーンが入るのですが、そこでの可南子と今の可南子が明確に違うのがわかる演技をしているので、和久井映見・・良い女優だと思いました。

「なんか会いたい」という気持ちで訪れた波留とかつての自分の家に、荷造りされたダンボールを見つける可南子。このままにしておくと、、ここに自分の居場所がなくなるんだという気持ちの中で、可南子は、自分の日記を見つけます。そこには、失われた過去の自分の想いが・・・記載されています。それを可南子は読むことができるのでしょうか・・・で次回に続くです。まあ、日記を読めば、過去の自分の気持ちや体験を追随できるわけで、見かけ上、記憶を取り戻した状態になるでしょう。しかし、過去の経過を取り戻せても、人の心は違う。その日記の中に書かれた自分は自分では無いのです。

そして9話。副題は「最後の思い出〜大切な人の笑顔…そして、涙」むむ、この題名は何?

可南子は、まだ、自分の失われた記憶の5年間の日記を読むことが出来ませんでした。読むのが怖かったのです。今、何となく惹かれている夫の波留に向かうかつての自分の気持ち。物語ではなく、自分がそこにいるのです。(パラレルワールドにいるみたいな感じでしょうね。)もともと、日記は父が生きていた頃に言えなかったことを記載することから始まっていました。だから、波留との生活がつづられている日記を読むことは、夫婦間で言えないことが書かれているかもしれません。良いことや悪いこと、いろんな波留との日常の記憶を可南子は、まだ受け入れることができないようです。解答は、このドラマのいろんなところに見え隠れしています。「明日へ向かおう」という気持ちですよね。「いつかちゃんと日記を読みたいです」という可南子に、過去を受け入れて、明日に向かって生きるという意志が見えています。

9話は、波留の育ての親太助・・・のシーンで涙する人がいっぱいいたと思います。波留の父太助が病に倒れたと聞き、見舞いに向かう可南子。夕飯を一緒に食べる可南子と波留と太助・・・そこには、確かに家族があります。視聴者は、あれ、波留と可南子って、もう夫婦みたいじゃんと感じたことでしょう。私は、ここは早いと感じました。可南子の垣根が取れるのが早すぎると感じたのです。しかし、可南子の気持ちは8話の「会いたいよ」で実は決まっていましたから、良いのかもしれません。ドラマの中で、すべてを決めるかもしれない台詞、6話の波留の「可南子、離婚しよう」と8話の可南子の「会いたいよ・・」は、演じてる人がどう言うか・・ひょっとすると、この2つの言葉を言う竹之内豊と和久井映見を見るドラマなのかもしれません。

そうして、波留の「離婚届け、まだ書けてない」という言葉に、可南子は自分の気持ちを述べます。「このままじゃ駄目ですか」離婚は嫌という意志表示です。「お父さんのために・・」という、後の言葉に「私のために・・・」という可南子の言葉が見えています。波留と可南子が並んで歩く姿に夫婦を感じますね。前半になかったこの感覚。どこから生じているのか不思議です。画面に映る2人は、思いやりという気持ちをまとった夫婦に見えるのです。2人の距離?歩き方?現実に、年取った老夫婦が並んで歩いているのを見ると、そこに、2人歩んできた人生を垣間見る気がして・・そんな感覚です。

修理された思い出の車に乗って、波留と可南子と太助はドライブに出かけます。もちろん修理された車は、2人の関係が修理されたことを暗示していますよね。海岸で太助の言った言葉に涙した人も多いでしょう。すでに、死を間近にした太助から可南子に告げられます。「波留と家族になってありがとう。覚えていなくても可南子さんは可南子さんですから・・」深いぞ~この言葉。父として、波留を幸せにしてくれてありがとう。ここまではわかります。その後、可南子の記憶が無いのに、ありがとうかい?。もはや、可南子の存在自体がありがたいということでしょうか。人と人とが出会い、そこで、いろいろな経験を積み重ねる。辛いことや楽しいこともあるでしょう。何十億という人の中から、あなたに巡り会えた時間をもてた偶然に感謝しないといけません。それは、波留にとっても同じ。父として言っておきます。ありがとう・・・ということにしておきますね(別意見あるでしょう^^)。

ここの海岸シーンはとってもきれいで、マンネリ夫婦にとって、身の程も知らず、こんな時間が欲しいという夢を与えてくれます。さあ、隣にいる人を誘って「人のいない海に行こう!」そして、悪態をつきながら、こっそり「ありがとう」と心で言ってみたら・・・ほら、ちょっぴり人生が変わりました。おいおい・・^^

9話の視聴率がついに2桁に乗りました。裏に良いのがなかったのか、微妙な人気なのか?地味なドラマなので一般うけするとは思えませんけどね。

そして、最終話「ついに、人生二度目のプロポーズ!ありったけの愛を込めて君に」です。もったいない。もっと時間が欲しい。太助の葬儀の後、波留の力になりたいと願う可南子は、波留とともに自分のマンションを訪れます。夕食を作る可南子・・エプロン姿の可南子は、ぴったりとはまっていて、一緒に食事をとる2人は夫婦そのものです。男女間で、2人きりで一緒に食事を取るという行動は、2人の関係がちょっぴりアップしたことを意味していて、女性の手作りのごはんを2人で食べるという行動は、関係アップアップアップ(溺れているのではない)という気がします。

ここで、波留は「幸せのために別れよう」と思ったけど、それが正しいことかわからなくなったと言います。「私も・・」という可南子の表情にかすかな笑みがうかぶのが見えます。こんな微妙な表情をみられるのが楽しいドラマですわ。ソファで眠り込んだ波留に毛布を掛けて、自分の日記を読もうか逡巡する可南子。おい、いきなり朝のシーンかい。可南子は、服はそのままだし。寝たのでしょうか?目の前に眠る波留を眺めながら、一晩すごしたのでしょうか?う~ん想像しなさいということですね。朝食を準備する可南子に、一晩とまっちゃって、男性の朝ご飯準備しちゃったという照れがあり、見てても楽しいです。夫婦の時は当たり前の行動なんですけど、それが夫婦(恋人)どおしの行動だと意識しちゃったから、照れがでたということでしょう。

そして、ついに可南子は日記を読みました。一晩中、夢中で読みました。そこには、幸せそうな自分がいました。100点満点ではない旦那さんでしたが・・・すごく幸せな自分がいたのです。可南子は、そんな幸せな自分をとりもどしたくて、記憶が戻るかもしれないと、日記に書かれた思い出の場所を巡っていました。一方、波留は自分を生んでくれた母と出会い、子供への想いを感じ、家族・子供をつくって次に繫いでいくことの大切さを感じます。こうして、波留は外されていた指輪を持って、可南子を捜します。

そして、2人が結婚式をあげたチャペルで・・・ここからは、もういいです。書きません。いや書こうか。もう、竹之内豊ぁ~~この野郎ぉ~の決め台詞をとばしますので、全国のお茶の間視聴者は、もういい・・どうとでもしてぇ~状態となります。でだしの可南子「どうして、ここに?」波留「可南子に会いたかったから・・」での直球勝負ではじまります。あまりのまっすぐなため、、言われたほうは、ドキドキで・・・あとの言葉は視てからのお楽しみでどうぞ・・・竹之内さん(波留と書いてませんよ^^)に、ああいわれてNoという女性はいないだろう^^しばらくは、まだまだ、敬語がまざる可南子に、新しい2人の関係が感じられて良いです。

そして、6年後・・・6という数字に意味があります。失われた記憶の5年を越えました。夫婦が続いていくことの理由・意味は何だったのでしょう。「お帰りなさい」「いってらっしゃい」を言える幸せと側に居る人の大切さをに気づいて、2人で末永く生きていこうということです。人は、本来自分の幸せを求めます。ここに、愛という感情が入りますと、家族や妻や子供の幸せを考えるようになります。自分以外の人の幸せを祈るって、口では簡単だけど、とっても難しい。そういう幸せをとっても祈る人がいるという幸せを持ちましょうねということですね。

DVDが発売されるみたいです。付録に「可南子の日記」なんて付けてくれたら、それ目当てで買うかもしれないなぁ(笑)

長い感想を読んで下さいましてありがとうございました。あまり推敲せず、そのまま載せたため読みにくいと思います。すみません(ちょっと忙しいの^^)

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2012年6月10日 (日)

今年の素麺は三輪そうめんで・・いこう!

今年も素麺を買いました。はじめは、「揖保乃糸」赤帯をスーパーで買って食べていましたが、あるとき、「揖保乃糸」黒帯を食べたら、細くておいしいことがわかりました。実家では、しっかり茹でて、放置されたのを小さい頃から食べていました。ちゃんと茹でると、こりゃ、まったく別のたべものですわ~素麺は、ゆでたて細くてコシがあるのがおいしい!。(好みが個人によってありますので・・・)

さあ、次は、「揖保乃糸」の幻の一品「三神」にチャレンジ。2回ほど買ってみましたが、通常の「黒帯」と比べると値段ほどの差が感じられません。昨年、三輪素麺の池利「山辺の道」を買って、「三神」と比べてみたら、コシと香りが「山辺の道」のほうが好みだったため、今年はコレに決定(おまけに「三神」よりも買いやすい)。アホみたいにお高いですが、食べていて満足します。

さて、素麺を食べると決めたら、干ししいたけ手で割って水でもどし、干しエビをぶっこみ、一煮立ちさせて、冷蔵庫へ。食べる時に、市販の麺つゆをたっぷり注いで、ネギとすりごまを添加。できればおろししょうがをちょいと・・・でつゆができあがります(温かい汁にしても十分おいしいですよ)。

素麺のゆで時間は、細いので1分以内の勝負となります(秒の世界ですから他のことはできません)。数本とっては食べで、良しとなったら、お湯を捨てて、水洗い。時間がたつと、どんどんコシが失われていきますので、絶対にすぐ食べます。こうして、できた素麺は芸術のように細く、口の中で弾力をもって、ツルツルと喉を越していきます。食べ飽きることなく食べさせる素麺です(絶対にゆですぎは禁物)。余裕があれば、エビ天なんかをスーパーで買ってきて、オーブントースターで温めて、残っためんつゆに浸ければ、また、幸せ。とっても簡単料理なのも良し。洗いモンも少なし^^私はネギは切って冷凍してるので、包丁も使いません^^。

2束で400カロリー未満と思われますので(天ぷらを付けたらカロリーオーバー^^)ダイエットにもよろしいかと思われます。でも、野菜、ビタミン、繊維が不足気味ですので、バランス良くいくなら、素麺では無くて、冷やし中華(スーパーで袋もんを買ってきて、ハムやら、きゅうりやら、もやしやら、ゆでキャベツやら、トマトやら、錦糸卵やらをのせて食べるとこれまたおいしい!)をオススメします(笑)

夏休みに奈良に行きたいなぁ・・・行けるような休みはあるのか?

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2012年6月 2日 (土)

日本のドラマ「もう一度、君にプロポーズ」7話まで

さて、「もう一度、君にプロポーズ」7話まで見ました。毎週、楽しみに見ているドラマです。

では感想の続きで、第4話から行ってみよう。副題は「急展開!知らなかった妻の秘密が明らかに」です。ドラマのペースに合わない副題ですな。キャッチコピー風に「急展開!」って入れたけど、もっとしっとりと「知らなかった妻の気持ち・・・」なんてありふれたほうがイイかなと思います^^これは、私の勝手な言い分ですけどね。

「結婚は続けることが大切で、それには理由があるはず」ですって・・・可南子と波留の間には、何があったのでしょう。夫婦って一緒に住み始めた時、お互いの生活の違いに驚き、合わせて、新しい生活を確立します。そうして、何年かたつとその状態に慣れてしまい、ドキドキしていた存在が空気みたいな存在に変わります。それは、いちがいに悪い事では無くて、楽なのです。継続できる理由は、自分の許容範囲で楽だから・・・。でも、他人と一緒に暮らすことには、どこかに自分の思い通りにならないことがあるはずです。それを、愛とか子供とか安定とかお金とか惰性とか、いろんなことと天秤にかけて、抑えるのです。

このドラマは、身近な人の考えていることが、如何にわからないかを実感するドラマですから、波留は、可南子が子供好きで、子供を欲しがっていたことに気がつきませんでした。子供・・結婚することのある意味大きな目標です。一人で暮らしていれば、自分に責任を持てば良いのだけど、結婚すると配偶者がそれに加わります。さらに、今度は血が繋がった子供かい・・・ちゃんと育てることは親の責任です(ちゃんと・・というところは、いろいろですよ~)子供を作ることに、微妙なとまどいってのは、あるでしょうね。特に、自分のお腹を痛めない男性にとっては・・・ね。

可南子が波留との出会いから記憶を失っているということは、そこに思い出したくない想いが隠されているのかもしれません。可南子は記憶喪失前の自分の気持ちをわかろうとして、波留と一緒に行くつもりだった映画をひとりで見に行きます。でも、前の彼女にとっては、映画が見たかったわけではなく、夫と一緒に映画に行きたかったのだと気がつきました。何年か経った夫婦の忘れられた時・・・。そこに居るのがあたりまえの存在も良いんだけど、あのドキドキするような一緒の時間が欲しいと思ったのでしょうね。

さて、5話の副題は「嫉妬と罪悪感」です。さて、自分の気持ち探しを行って居る時に、可南子のかつての恋人一哉が現れます。弟裕樹が言うように、一哉と可南子はぴったり合った関係のようです。ここで何故二人が別れたのか、気になります。(袴田吉彦さんと竹之内豊さんとの選択なら、見た瞬間、迷い無しの竹之内じゃんという人周りに多数^^おいおい)可南子の元カレである一哉が登場し、重苦しい表情しか見せない可南子に、かすかに浮かぶ笑顔。だって、自分の記憶のある時の彼ですから、相性はぴったり。でも、自分は今は人妻。この微妙な心の中で、可南子は波留に嘘をつきます。忘れていた携帯を届けてくれたのが、一哉だと言うことができなかったのです。

そして、可南子宅で、一哉、波留、可南子の鉢合わせ。波留は、自分の知らない可南子と一哉の時間があることを実感してしまいます。そりゃ、旦那にとってみりゃ、妻の元カレと食事なんて、会話の繫ぎようがありませんよ(笑)しかも、その妻は、自分を忘れているわけですから、自分が不利~~~こうして、妻にもう一度やり直そうと思っていた波留の心に、自分は何なんだという疑問符が飛び始め、妻に自分の気持ちを押しつけているだけという思いが生じます。優しすぎるぅ・・優しさは、時に残酷です。迷っている人は、いつまでも迷うので、どこかで強引にでないと駄目ですよね。その時はいつか?つべこべ言う可南子を強引に抱きしめキスシーンなんてのを期待してしまいますが、あるんでしょうか(笑)このドラマは、妻の記憶を戻そうとするのではなく、夫の忘れかけていた気持ちをたどるドラマなんですかね。

6話は「別れの時~壊れた絆...ついに夫婦生活に終止符~」という副題です。この6話は波留の言った「可南子・・・離婚しよう」がすべてです。波留は考えていました。記憶の無い妻に、自分の想いをぶつけて苦しめることが良いことなのかどうかを。。。。自分はただ、前の状態の妻を欲しているだけじゃないか。。。ですから、可南子が初めて発した「自分の知らないことを教えて。。」という前向きの発言に対しても「思い出したらね」と答えます。ほぼ、拒絶の言葉です。何となく可南子の気持ちが波留に流れだしたことを予感させる言葉だったのに残念でした。恋愛は、追えば逃げる、逃げれば追うのシーソーゲーム。やっと、可南子が波留に向かいそうになった時に、別れようですから、なかなか上手な脚本と言えます。

教会で、幸せな愛の誓いを大声で挙げたあの瞬間を波留は思い出しながら、「離婚しよう」という言葉を波留は発します。私は、ポロポロ;;涙していました。このポツンと発せられる言葉の衝撃に視聴者は耐えられますか?和久井さんの幸せな表情と今の暗い表情のコントラストがすごいと思います。一方、私は、可南子が波留に冷たい気がしているので、自分の涙の向こう側で、「おうおう、それでいけぃ~離婚じゃぁ。それで、夫の良さに気がつけよ。ばかちんがぁ・・(失礼^^)」と思ってしまいます(ここは、もう、論理を忘れた一視聴者の完全な感情です^^)さあ、可南子は波留の言葉にどう応えるのでしょうか?

7話は「孤独な夜~過去には戻れない二人」という副題です。6話最終の「離婚しよう」の続きから始まります。可南子は「わかりました」と答えるしかありません(ちょっぴり惹かれてるけど「待ってと」は言えない可南子、和久井さん、うまいぞ^^)。「すべてを忘れるから」という波留。「思い出せない自分では、夫を幸せにできない」という可南子。夫は、忘れられないから忘れようとし、妻は幸せになって欲しいからそばにいられないと言う。。

あのね・・・ほとんど、2人とも心を通わせているように思えるのですけど・・・・(笑)どちらも人間として相手のことがとっても大切な存在と思っている。それは、記憶のあるとかないとかに関係ないこと。夫は、記憶を失った妻に以前の妻の姿を重ねて見ています。そして、夫自身が思い出めぐりをしているのです。こんな夫に、記憶を無くした妻は何ができるでしょう。今の自分は、夫が見ている自分では無い。自分であって自分でない・・・こんな可南子も可哀想です。ですから、表題は「もう一度、君にプロポーズ」。夫自身が思い出めぐりを終了して、目の前の可南子に向かう時、「もう一度・・・」なんです。(大穴で可南子が波留にプロポーズってのもあるのか^^)

ちょっと印象に残ったのは「ゼロに何をかけてもゼロ」つまりゼロからは始められないんですよね。すでに、波留と可南子は、お互いに幸せになって欲しいと思っていますから、65%くらいは始まっています(その%の判断基準は何というつっこみは無しで・・・その半端な5%は何じゃ・・^^気分・・気分)

私の感想には、これまで波留と可南子以外の人の感想はほとんどでてきません。可南子の弟の裕樹や元カレの一哉、波留の同僚の桂、などの気持ちは、興味無いんです^^そういうシーンはなるべく手短にして、可南子と波留のシーンを増やしてと思っています(2人のシーンを盛り上げるために必要なんですけどね)。台詞の無い時の和久井さんと竹之内さんの演技と、微妙な台詞を楽しむドラマ・・・けっして、騒がしい状態で見られるドラマでは、ありません。演技者のまばたき、視線の位置、口元や表情などで、感情を推測させられる恐るべきドラマ、静かにひっそりと見たいドラマだと思います。とってもオススメできますよ。

同じような設定?のアメリカ映画も公開だって・・・「全米初登場第1位のヒットを記録した映画『君への誓い』が、全国で公開が始まった。同作は、自動車事故により記憶を失ってしまった妻の愛を再び勝ち取ろうとする夫の献身と情熱を描く実話をもとにした感動のラブストーリー」ふ~ん、一途な男性が求められている時代なんだってさ(男性かい!そこにちょっとひっかりますけどね。)

韓国ドラマの恋愛は、一途さが決め手ですから、韓国ドラマを見ている私は、必然的にこのドラマに、はまるのかもしれません。

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2012年6月 1日 (金)

韓国ドラマ「王女の男(姫の男)」見終わりました

韓国ドラマ「王女の男(姫の男)」全24話見終わりました。これは・・・おもしろい・・でも評価の難しいドラマです。好きあった2人は、親どうしが敵という「ロミオとジュリエット」状態ですので、とっても切ない。しかし、私は、泣けませんでした。おもしろいような気がするのですけど、ちょっとだけ何か足りない。人は、刺激を受け続けると、それに慣れてしまう。愛のためなら、親さえ捨てるという普通なら泣ける設定なのですが、なんか同じ事の繰り返しのような気がして、切なさにマヒしてしまいました。ですから、このドラマは、良いような気がする・・・という微妙な表現の感想です。私が泣くためには、ぐっと貯めていた感情を、その一瞬の視線に込めて爆発させないと泣けないのですよ。何か小出しに、好きあっていた2人が離れては出会い、出会っては離れでは・・・少しだけ飽きるんですよ。(感情移入を妨げる作られた切なさって感じ・・・ごめん、これが本音^^)でも、気にならなきゃ、切ないシーン続出の名ドラマと言ったでしょう。ですから、これは見て、自分がどう感じるかで評価するドラマです。なので、是非見て下さいと言っておきます。はまる要因は大いにあります。

主役はパク・シフさん扮するキム・スンユ。彼は重臣キム・ジョンソ(イ・スンジェさん)の息子で、王女キョンヘ(ホン・スヒョンさん)の教育係に任命されます。ところが、王女の身代わりで講義を受けたイ・セリョン(ムン・チェウォンさん)と教育係スンユは恋仲となってしまうのです。でも、セリョンは、父キム・ジョンソの政敵であるスヤン大君(キム・ヨンチョルさん)の長女。でもって、スンユは、好きなセリョンが政敵の娘であることを知りません。セリョンの父は、自ら王を目指し、政敵を次々と排除していきます。その結果、スンユの父はセリョン父に殺されてしまうわけですね。当然、スンユは親の仇のスヤン大君を討とうとするのですが、それはセリョンの父。セリョンにとっては、親をとるか愛する彼をとるかの難しい選択となってしまいます。ま、こんな感じでず~と進むわけですわ。ちなみに私はキョンヘ役のホン・スヒョンさんがお気に入り女優ですので、序盤はキョンヘ王女が主役だったら良いのにと思ってました(勝手な思いこみで~す。スルーで)

政敵にはきびしいスヤン大君が家族には優しかったりするのが、意外な見所です。途中で感じたのは、人は出世することにどういう意味があるのかということです。人より偉い位置に立って、見かけ上幸せなようですけど、それを受け継ぐべき子がいない。親は自分の幸せを求めると同時に、子の幸せをも求めているわけです。スヨン大君は、息子を病気で失い、娘には軽蔑の眼差しを自分に向けられる・・・自分が出世してもなんだか全然幸せでは無いんですよね。とっても良さそうな上りつめた場所には、空しさがあったというところでしょうか。

目的はそれを果たそうとして、努力する過程は楽しい(笑)。でも、目的をかなえてしまった時、人は何を求めるのでしょう。普通は、次の目的を設定し、また、がんばるのですが、目的をかなえればかなえるほど、次の目的は困難となるでしょうし、今の状態を維持するだけでも難しいものとなっていきます。そうこうしているうちに、自分の目的が自分の意に沿わないものになってしまうのです。こうなると、そこに空しさが生じます。どこで道を間違えたのだろう?やり直せるものならやり直したい。このドラマでも、スヤン大君が、王になることをあきらめ、政敵の息子と自分の娘を結婚させ、政治を安定化させれば、すっごく幸せと思える道があったのです(それじゃ、ドラマになりませんね)年をとって、自分の生きてきた道を振り返る時、完璧に歩いてきた人はいないでしょう。そこには、あっちの選択をしていたら良かったなぁと思うことがあるはず。でも、別の選択をしたとしても、振り返れば、同じこと。後悔の無い人生なんて無いんだから、前を向くしかありません。前を向くために、これまでの後悔があるのでしょう。

スンユは王に逆らう謀反人ですから、悲劇的な結末が予想されました。最後に、どう収めるのだろうと思っていました。終わり方も人によって評価が分かれるかもしれません。復讐・・・もっと、身近な言葉なら、仕返し・・・人から自分に対して、行われた行為に対して、同じようなことを返すわけですが、大抵は良いことにはなりません。でも、やられっぱなしでは、プライドが傷つくし、自分の心のもって行き場が無くなるのです。このバランスが難しい。自分の心の問題。やり返しても、一瞬、心は満足しますが、もともと、嫌な行動ですから、心に傷を残します。その傷を埋めるために、「あんなにひどいことをされたから・・」「やむを得ない」「当然の報い」なんて、相手をおとしめることで、心の平穏を保ちます。

このドラマで最も印象に残った言葉は、スヤン大君が最終話でスンユに言った「お前も同じだ」という言葉です。実は、スンユは、スヤン大君への復讐の過程で、いろいろな人を斬っています。それは、悪徳重臣であったり、単に護衛をしているだけの人だったり、公務でスンユを捕らえようとしている人など・・さあ、物語では、派手なチャンバラとして流れてしまいますが、ふと、私は気がついたのです。スンユに斬られた名も無き人にも、妻や子、親などの家族がいるであろうことを・・・彼らにとって、スンユは、憎むべき仇です。こうなると、自分の目標のために人を殺めることを肯定することはできません。ですから、本当はスンユに平穏な時間が訪れるはずが無いのです。うん、だから、私は、このドラマに泣けなかったのでしょうね。

大切なことは、復讐の連鎖を断ち切ること。ですから、スンユは、愛するセリョンを得るために、2人で逃げるという選択が、実は最も勇気のいる行動だと思いました。名分を果たせず逃げる勇気・・・こういう視点は、人とは変わっていると思いますが、あえて、最終話に、スヤンに、あの言葉を言わせたわけですから、脚本家も、十分意識していたことと思います。ま、ドラマですから、復讐にもえた男が、愛する女の親を狙うというドラマチックな設定は、動かせませんがね・・・

さて、これだけの作品を見ると次は何にするか難しいなぁ・・

OSTは・・とっても良いです。ペク・ジヨンさんの「今日も愛してる」です^^歌詞はこんな感じかな。

見つめることしかできなくて、触れることができなくて悲しい
すぐ前に立っているあなた そして後ろにいる私
いつも陰に隠れて 気づかれないように泣く
振り向いてと言えずに また涙を流す

明日になっても愛してる
昨日よりも愛してる
胸に秘めた言葉を言い出せないまま
今日もあなたを愛する

あなたの後ろにいたくない いつも寄り添っていたい
その日がくるのを願い そのために生きる

見つめていても恋しい
一緒にいても寂しい
一人身を焦がす恋 終わりが見えない
耐えられないほどつらいけど

明日になっても愛してる
昨日よりも愛してる
胸に秘めた言葉を言い出せないまま
今日もあなたを愛する
あなただけを愛してる

私の気持ちひとつもわからない
馬鹿みたいなその人
私の目の前にいるその人
そう、それはあなただから・・・・

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